超短編集

□1ページもの
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その日も「殺し屋」は人を殺してきた。いつになくハードな仕事であった。歩くたび、包帯を巻いた傷に障る。どうしようもなく顔をしかめてしまう。
「殺し屋」が気が付けば、「殺し屋」の周囲には誰も寄り付いていなかった。だからと言ってにこやかに、なんてできる状況ではない。疲れも、痛みも、ピークに達していた。
このまま座り込めば、きっと座った場所から根が生えたように動けなくなってしまう。だが、もう座り込んでしまいたい。甘美な誘惑を振り払いながら、彼は家路を進む。
「殺し屋」の隠れ家は、孤児院である。そして「殺し屋」の本業は、孤児院のオーナーであった。経営が立ち行かなくなり、殺しの腕を振るい続けてもう何年経っただろうか。
とにかく、早く。自分の部屋に戻って、休みたい。それだけを考えて辿り着いた孤児院で、彼を待っていたのは孤児院の子供たちだ。
だが、子供たちは彼を見るなり恐怖、あるいは当惑の表情を浮かべて立ちすくんでしまった。何者も近寄らせない雰囲気を、「殺し屋」の雰囲気を、彼が漂わせていたからだ。
そんな「殺し屋」を、妻が出迎えた。「殺し屋」の表情を見るなり、困ったような笑顔を浮かべて言う。
「ほら、そんな顔してたらみんなが逃げちゃうわよー?笑って、笑って?」
とびきりおかしな顔をして彼を笑わそうとする彼の妻を見て、彼はようやくしかめっ面をほころばせた。
「…ただいま」
そして彼は、今この瞬間、「殺し屋」ではない。孤児院のオーナー、「リック=アルフォード」…一人の人間として、ここに帰ってきたのである。
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