mein novel
□◇ハッピーエンドで終わりじゃない◇上
1ページ/12ページ
名も無い深い森があった。
木葉のざわめきも小鳥の囀りさえも聞こえないそんな森に、彼は突然現れた。
深いフード付きのローブを被り、その顔さえも覆ってしまっている。
一陣の風がはためき、ローブを揺らす。
風の悪戯が見せた彼の蒼い瞳は、不機嫌そうな色を宿していた。
彼が不機嫌になるには理由があった。
何故なら、今日は彼にとってとても特別な日だったからだ。
彼は深い溜め息をつくと、手に携えた白い本に視線を落とした。そして声なき声で小さく唱えはじめる。
「かの国に最もふさわしき乙女をここへ」
その瞬間、白い風が彼を囲うように舞い上がり、それまで何の変哲もなかった本が、強烈な光が解き放ち始めた。
ハッピーエンドで終わりじゃない
私は夢を見た。
見る夢は決まっていつも同じだった。
青い空と地平線の彼方まで見渡せる、ひろい草原の海。
さわさわと揺れる草葉の中に彼はひとり佇んでいた。
見た事の無い色の髪と、瞳を持ち合わせた美しい青年。
儚い眼差しをこちらに向ける彼は、小脇に抱えた白い本と、私とを見つめる。
その視線はいつも、何か言いたげだった。
私が手を伸ばして問い掛けようとすると、決まって夢から覚めるのだった。
あなたは誰―――――――。
ピピピピピピ――――・・・・
目覚ましが鳴る。夢うつつから目覚めたばかりの瞳が、カーテンから漏れる細い日差しを捉えた。
「美咲起きなさい、遅刻するわよ!」
母の呼び声が聞こえる。
まどろむ瞳を天井向けると、何故だかいつもより遠く感じた。ベッドから落ちてしまったと気が付くと、美咲は慌てて身を起こした。
未だ鳴り響く目覚まし時計を止めて眼を擦る。
「まずい…❕」
欠伸をかみ殺すと急いで制服に袖を通した。
身支度を済ませて食卓に向かうと、先に朝食を済ませた妹があきれ顔で見上げる。
「あたし何回もノックしたんだから」
美咲は無視して牛乳パックに手を伸ばした。
「どうせ昨夜も夜更かししたんでしょ」
母親が不機嫌に答えた。
察するところ昨晩もパートで帰りが遅かったらしい。
「中間テストの勉強よ」
美咲のささやかな口ごたえも、朝の支度で忙しい母親には届いていないようだった。メイクをしてこれから仕事に行くようだ。
「中間テストなんてまだ二か月も先よ!」
「こら亜美、物を食べながら話さないの。床にこぼれるじゃない」
美咲は焼きたてのトーストにバターを塗って齧りついた。
いつもなら、ここで父が二人をたしなめるのだが、その父もリストラのため朝早くから再就職口を探しに出掛けている。
「お姉ちゃんはね、三学期の成績が落ちたの。だから勉強してるのよ。あんたも見習いなさいよ」
台所に向かう母が妹に厳しく言い聞かせた。
「今日歓迎朝会でしょ。小学校の時と違って勉強もうんと難しくなるんだから、お姉ちゃんを見習って一生懸命勉強なさい」
「やだ。あたし中学ではクラブ頑張るんだもん」
「お母さん忙しいんだから、面倒かけないでちょうだいよ」
「わかってるよ〜」
美咲は空いた食器を片付けると、通学鞄を取って玄関に向かう。
もちろん、勉強に関して口うるさい母から逃げるためだった。しかし、母は見透かしたように美咲の背中に言った。
「みーさーきー!今日新学期のテストの結果、返ってくるんでしょう?」
ワザと嫌そうな顔で振り返る。母はため息をついた。
「帰ったら机の上に置いておきなさいよ」
「分かってるよ」
そっけなく応えると、また母のため息が聞こえたが、今度こそ無視して家を出た。