mein novel

□◇ハッピーエンドで終わりじゃない外伝:失くした過去
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 あれは、もうどれくらい前になるのだろうか。 


 彼女の名前はオレガノと言った。


 その名の花のように美しく、白く柔く咲き誇るような少女だった。


 彼女はレイアスに初めて心というものを教えてくれたひとだった。


 柔らかな草の上に寝そべり、木漏れ日射す木々を仰ぐ。耳を澄ませば小鳥の囀りと、風の匂いの穏やかさ。


 空の色や形、雨土の匂い。それらが変化して移ろいゆく四つの季節。
 

 それは争いも愚かさも穢れも無い、優しい穏やかな時間。
 

 レイアスは彼女との時間の中で、それを学んだ。


 けれどもいつからか、その記憶が封じられた。思い出そうにも、決して思い出せなかった。

 あの日、扉の絵本を開き『シンデレラ』に選ばれた少女が目の前に現れた時、心の中を激しく揺さぶられた。美咲という少女を特別だと感じるようになって、失っていたはずの記憶が、少しずつ形となりレイアスに過去を全てを思い出させた。


 虚空から呼びかける彼女の微かな声も、その存在も。
















失くした過去に




「まだ、死にたくはないか」


 幼い少年に問いかけた男は、見たこともない服を着ていた。


「お前は死んだ目をしている。まだ殺されてもいないのに」


 男は十字架に縛りあげられた少年の冷たい頬に触れた。


「今じゃなくても、もう直僕は死ぬんでしょう?…こんな力を持ったせいで」

 
 か細い声で少年は答えた。


 今日も十字架に縛りあげられた者達が、煉獄の炎にかられて、白い煙となった。


 何本と立ち上る細い煙。


 それは人の命の数だった。


 どこの町でも当たり前のように見られた光景だった。


 魔女狩り。


 それは中世から近世初期のヨーロッパ諸国で盛んに行われていた。


 権力者達が異端分子に対する不法な制裁を与える残虐な行為。


 おかしな行動をする子供。


 怪しげな薬を扱う年老いた老女。


 異教徒を敬うものたち。


 障がい者。


 この時代に生まれ落ちた少年にとって、魔女狩りの存在する世界は非常に生きにくかった。


 風を起こし雨を呼ぶ


 天馬の如く野山を駆け、

 
 動物たちと語らう


 生まれ持った力を存分に使うことは彼にとって呼吸をすることと同じようなものだった。


 それが許されないことだと知ったのは、魔女狩りによる制裁が少年の家族に及んだからだった。
 

 男は何もかも諦めた顔をして死を待つ少年に問いかける。


 死にたくはないか、と。


 身動きが出来ない中、ただ待つだけの死なんて嫌だった。


 男は縛られた少年を見上げ、その頬に触れて泥をぬぐった。


「息苦しい世界を捨てて、お前に居場所を与えよう。その力を存分に使えるように」


 もしもそんな場所があるなら


 行きたい


 生きたい


「一緒に行くか?」


 そう聞かれて、少年は小さく頷いた。


 彼の持つこの力が、この世界で受け入れられないものならば、本来あるべき世界に戻りたい。


 少年は望んだ。












「おい、魔女が逃げたぞ!!」


 少年の姿が見えなくなったのが知れ渡たるのは早い。


 異端審問官達は、兵を引き連れ号令を上げた。


「見つけたら構わず抹殺しろ!!」


 けれど少年はその後見つかることはなかった。


 明朝殺されるはずだった少年の運命は、一人の男の手によって。
 

 
 永遠に。 

 





















「ルシアン大変よ。見て、森の中に男の子が倒れているわ」


 少し大人びた14、5の少女が、金色の髪を翻して執事に声を上げた。


 これがレイアスと呼ばれる少年と、オレガノと呼ばれる少女との出会い。
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