mein novel
□◇ハッピーエンドで終わりじゃない◇上
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散り行く花びらに思わず目を奪われる。
ふと頭上を仰ぐと、満開の桜が日差しを受けてきらきらと舞っていた。
おろしたてのカッターシャツと真新しいブレザー。
たくさんの新入生達が桜並木の下を歩いていく。
美咲はそんな新入生達を、遠く冷めた目つきで眺めた。
「おはよーっ」
声を掛けてきたのは、幼馴染みで親友の藤堂リサだった。
「おはよ」
リサは美咲の傍らを通り過ぎる新入生を見てつぶやいた。
「今日中等部登校日だったんだねー」
「そうよ。うちの妹も今年から新入生だもの」
「あれ、妹さんと一緒に行かないの?」
「シスコンじゃあるまいし。亜美は友達と一緒よ。一年生は歓迎朝会とクラス会に出席するだけだから、もう少し遅く出ても大丈夫なの」
リサは相槌をついた。
「そうだ美咲、大ニュース!並木通りにできた新しい本屋さん今日オープンだって」
「ふうん、そうなんだ」
「あれ、反応少なめなの?楽しみにしてるって言ってたじゃん」
「そうだっけ」
リサは足を止めて、美咲の顔を覗き込んだ。
「何よ」
美咲が怪訝そうに口を尖らすと、彼女はずいっと顔を近づけた。
「なんか変。今日のあんた元気無い」
美咲はため息をついて、リサを見返した。
「あんたが朝から元気過ぎるのよ」
「何か悩みがあるでしょ。付き合い長いから、あんたの事なんて何でもお見通しなんですからね。さあ白状なさい」
顔を突きつけて離れないリサに、美咲は降参して両手を上げた。
「いつもの親子喧嘩。それと寝不足」
「ははーん。分かった。また成績で揉め事でしょ?」
「御明察」
「あんたも苦労してるね。美咲のおばさん厳しいから」
リサは労うように美咲の肩をぽんぽん叩いた。
「でも、そんなテンションじゃ、今年の受験も乗り越えらんないぞー?」
美咲とリサは同級生で今年から中学三年生になる。つまり高校受験生だ。
「…実は、進級テストの点が落ちたの」
「手ごたえ良かったって言ってたじゃん。どうして落ちた何て言うのさ」
「それは…」
(夢のせいだなんて、笑われそうで言えやしない)
首を振った美咲に、リエは明るく言った。
「今日は久しぶりの学校だし、もっと明るく行こうよ!うじうじしてると遅刻するぞっ」
「あんたの元気が今の私に半分でもあればなあ」
リサは美咲の手を引っぱってに校門に急いだ。
美咲が通うのは国内有数のエリート校だった。この学校は初等部、中等部、高等部、付属の大学に分かれており、卒業生のほとんどは名門大学に進学している。著名な政治家たちや研究者、作家や俳優もこの学校を卒業したことで有名だ。
情報誌には毎年お受験ママたちの泥沼な受験劇が書かれ、「子供に通わせたい憧れの学校ランキング」では必ずと言っていいほど上位にランクインしている。それほどに、地方の大人達がわが子をこの学校に通わせたがる。教育ママにとって、子供がこの学校に通うことを誉れとするために。
美咲の家族もそうなのだ。
ここでは一学年上がるごとに進級テストがあり、そのテストの合格ラインを超えなければ進級できず退学となってしまうのだ。
その結果が落ちたとなれば、美咲もそうそう笑ってはいられない。
特に主席という名の元に、親達の期待を背負わなければならない美咲にとってはなおのことだった。
新学期が始まり、受験戦争の幕開けとなるからには、教師達も熱を上げて指導する事であろう。
母親が美咲に受けろとしきりに勧める付属大学は、中間や期末で得点を稼がなければ、その受ける資格さえ貰えないという超難関だった。そのためには、今の十倍以上、いやそれ以上勉強しなければまず通らないだろう。
私の意見や気持ちは聞いてもらえないの?
ただでさえ美咲は今、夢の「彼」のせいでやる気が出ないというのに。
このまま成績が下がり続ける一方であれば、今度こそ本当に笑い事では済まされなくなるの。
静かな講堂で始まった始業式に、美咲は窓の向こうの霞みがかった空を眺めて思った。