mein novel
□◇ハッピーエンドで終わりじゃない◇上
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私の頭から離れない夢の中の「彼」。
彼が夢の中から現れ初めてもう1月以上経った。
異国の服をなびかせ、何処と無く寂しげに見える彼の瞳は真っ直ぐに美咲を映していた。
私が問いかけようとした瞬間、いつも決まって目が覚める。
(あなたは一体どんな声で、何を言おうとしてるの?)
こんな気持ちになるのは生まれて初めてだった。せめて何を言っているかだけでも知りたい。
あなたはどんな声で、私に何を言おうとしているの?
(やだやだ。もうやめた!こんなこと考えたってどうにもならないじゃない)
美咲は深呼吸をして、軽く頬を叩いた。
(現実逃避したって何も変わらない。リサの言う通り、しっかりしなきゃ)
美咲がそんな事を考えている合間も式は順々に進んで行く。長々とした学院長の話が終わったと思いきや、次は新入生のお披露目だ。
吹奏楽部の演奏と共に次々と現れる1年生。
あからさまにスカートの短い女子が数人目立った。
その一人に亜美がいた。
呆れた。
校歌の伴奏が流れ、皆一斉に口開く。
美咲は眠るように目を閉じて美しい旋律に耳を傾けた。抜けるようなピアノの旋律が、眠気を誘う。
(綺麗…)
美咲はうとうとと目を閉じた。
広い
あまりにも広い草原の中。
広い青空と、彼の姿が脳裏に浮かぶ。
彼はこちらを振り返り切なげにこちらを見つめ、何か言いたそうな顔をして口を開く。
知らない人。顔も見たことないはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろう。
「美咲…」
「美咲…!!」
「!?」
はっとして目を開いた。突然の衝撃と共に我に返る。顔を上げるとぼやけた黒板が目に映った。周りには驚いたように美咲を注視する生徒達。
「…よりによってあなたが居眠りだなんて。よほど自信があるのかしら」
呆れた顔をした教師の顔が目に飛び込む。
美咲が戸惑っていると、周りから小さな笑い声が漏れた。
運が悪い。相性の悪い国語の教師の授業で居眠りするだなんて。
美咲は唇をきつく噛んだ。昨晩の寝不足がたたったのだろう。
自業自得だ。
教師はあからさまに嫌な顔をして腰に手を当てた。その口は明らかに嘲笑していた。
「欲しくないのなら、先生が皆に公開するけどいいかしら」
ひらひらと進級テストの回答用紙を振っている。
”信じられない!!”
美咲は膝に置いた拳を硬く握った。
「いいえ。すみませんでした」
教師から引っ手繰るようにそれを受取ると、急いで席に座る。
回答用紙を机の下で開く。
成績表に出ていたので結果は知っていたが、やはり突拍子も無い。
「一体どうしたのかしらねえ」
辺りの女子が呟く根拠もない噂を聞き流した。しかしどうしても、この現実はどうも受け入れがたい。
(72点)
主席という名においては的外れな点数だ。
生まれて初めて取った悲惨な結果。
「瀬良さん。確かあなた、付属大学への推薦を希望なさってるんですってね?でもこの結果じゃあ、今の所推薦どころかその資格さえも貰えないかしら。残念だわ、期待していたのに」
他の生徒等がいる前で、堂々と教師は鼻で笑う。
美咲は体のどこかで堪忍袋の尾が切れる音を聞いた。
「…気分悪いので、保健室行かせてもらいます」
「あらら、それは心配ね。誰か付き添わせましょうか?」
心配なんてこれっぽっちもしてないくせに。
教師の言葉を無視して席を立つ。
わざと教室の扉を乱暴に閉めて廊下に出た。
泣きそうになって上を向く。我慢しろ。涙よ止まれ。幾度となく自分に言い聞かせてきた言葉だ。
ようやく激情が収まって、美咲は深呼吸をする。
「…何よ。あたしったら。こんなこと、でみっともない」
教室を振り切って保健室へ急いだ。
「それもこれも、あの夢のせいよ」
美咲の脳裏の向こう側は、彼のことで一杯だった。
「どうして、同じ夢ばかり見るの」
彼の何か物言いた気なあの視線が、美咲の胸に絡み付いて離れなかった。
「現実を見なきゃいけないのに」
美咲はこの感情を知らなかった。
夢の中に現れる「彼」の存在も、美咲自身の心の意味も。