mein novel

□◇ハッピーエンドで終わりじゃない外伝:失くした過去
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 ここは僕のいた世界?


 ううん。違う。


 人も獣たちも


 同じに見えてどこか違う。


 虹色の瞳を持つ動物、歌うように奏でる草花たち。


 それらは全て少年の目には当たり前のようで、どこか新鮮に映った。


「ここはどこ?」


 幼い少年は、前を行く男を仰いだ。男はうーんと悩んで、それから笑った。


「そうだな、さしずめ魔法の王国とでも言っておこうか」


 レイアスの命を助けてくれた男は、ずっとそんな調子だった。二人は街を避けるように森の中を歩き続けた。


 魔女裁判の制裁で危うく殺されてしまうところを、助け出されて3回目の昇る。その間、レイアスを助けたガンゼフと名乗る男と歩きとおした。


 満足ではないが食事を与えられ、幾分か意識がはっきりしてくると、レイアスはガンゼフに懐疑とわずかな興味を抱くようになった。


 レイアスは当初からガンゼフをただの人さらいかオカルト宗教家、異国の隠者、もしくは百歩譲って気まぐれなお人好し貴族だと思っていた。しかし、彼と話すうちにそれはどうも当てはまらないと考えるようになった。

 
「俺は渡り人だ」


 ガンゼフについて問うと、彼はそう決まって答えた。


「渡り人?」
「簡単に言えば渡り鳥みたいに一所に留まらないっていう意味だな」
「流浪人みたいに?」
「そのうち分かる」

 
 いつも切り返されてしまうものだから、なんだか調子が狂ってしまう。


 だからレイアスはまた黙り込んだ。


 得体のしれない男を信じるのは怖い。けれどこうして追ってからかくまってくれるのだから、彼は悪い人間ではないのだ。きっとそうだ。今はそう願うしかできなかった。

 
 ガンゼフの足取りは確かなようで、時折が異国語で書かれている地図を眺めつつまた歩く。


「お前は見かけによらず頑丈だな。お前のような子供だとすぐ根を上げるが」


「他にも僕のような子供を助けたことがあるの」


「昔にな。その時は赤ん坊だった。だがお前は、ここ何百年でかなり珍しい」


「僕が?」


「ああ。女王陛下もお喜びでいらっしゃる」


「魔法の国の女王様?」


「そうだ」


「だけど…」


 さわさわと肌を撫ぜる風と木立を見上げ、レイアスは騙された気分になった。


「ここは本当に魔法の国?」


「そうだ。とっくの昔に着いてるぞ。お前もさっきから見えているだろう」


「…僕たちはずっと歩いただけだ。魔法の国なんて、絵本の中の空想の世界だ」


「目に見えるものだけが全てじゃない」


 豪快に笑うガンゼフは小さなレイアスを抱えあげ、逞しい肩に乗せた。


「この世には、誰かに説明したって理解してもらえないような、想像を超えるものがあるんだよ。お前だってそうだろう?」


 確かにそうだ。レイアスは素直に頷く。


 空を駆けた。

 
 雨を呼んで花を咲かせた。


 動物たちと語らいだ


 そう言っても、誰にも信じてもらえなかった。


 同年代からは悪魔の子供だといじめられ、大人たちからは死神だと白い目で見られた。


 全部本当のことなのに。


 ガンゼフは俯いたレイアスの頭をがしがし撫でる。


「ここは魔法が息づく王国だ。誰もお前をいじめたり、さげすんだりはしないだろう」


 ガンゼフは見ろ、と言って空を仰いだ。


 木立はざわめき、光が揺れる。木漏れ日が二人の頬に影を作った。


「俺達は無駄にここまで歩いて来たわけじゃない。月蝕の道を渡って来たんだ」


 レイアスは難解そうに瞬いた。


「月蝕の夜に道が開く。力の均衡が崩れてあっちとこっちが繋がる」


「あっちとこっち?」


「俺のように自由に世界を行き来できる人間はそう多くないんだ。俺のような魔法使いのはしくれを渡り人と呼ぶ」


 レイアスは目を瞬かせた。


 いいか坊主、とガンゼフは言い聞かせるようにレイアスを見つめた。


「お前が生まれたのは魔法を使うことのできない者が住む世界だ。魔法使いを蔑み、魔女狩りを行う残虐な世界だ。だがこっちの世界はそうじゃない。魔力の強い女王が治める魔法の王国さ。ここでは誰もが魔力を持って生まれ、その能力を使って様々な仕事をしている。能力に差があっても、誰も魔法使いを蔑んだりしない」


「でも、それじゃあどうして僕は力があるのに人間界に生れて来たんだろう。魔法の国があるって知ってたら、コウノトリは迷わず僕をここへ連れてきてくれただろ?…そうしたら、父さんも母さんも…妹も僕のせいで殺されなくてすんだ」


 ガンゼフは困ったように頭を掻いた。


「それはようするに、大人の事情ってやつだよ」


「どういう事情なの?」


「尻の青いお前にはまだ早い話だよ。酒が飲めるようになったら、教えてやらぁ」


「僕はお尻なんか青くないぞ」


「まあ怒るな。こうして迎えにきてやっただろう。ギリギリセーフだったが」


「え?」


「おっと余計な事言っちまった。まあ気にするな」


 ガンゼフはまた笑って、レイアスの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


「そろそろ昼飯時だ。川で魚でも釣って、昼飯にしよう」


「川の音なんて聞こえないよ」


「そういう時は、木々に教えてもらう。そこの幹に触ってみろ」


 ガンゼフはレイアスの小さな手を側の樫の木に押し当てた。


「目を閉じて意識を集中しろ。お前の力なら、容易いはずだ」


 レイアスはすぐに眼を開けた。


「この森を抜けた先に、小さな川があるって」


「上出来だ。これは樫の木だ。樫の木には古くから魔力があると言われている。役に立つから覚えておけ」


「うん」


「よーし、小川まで走るぞ」


 ガンゼフは子供っぽく気合いを入れて、走り出した。レイアスはその肩から振り落とされないようにしがみついた。
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