mein novel
□Queen of marriage〜女王の結婚〜
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序章:
「私がその昔訪れた王国は東の最果てにありました」
小脇に抱えたリュートを奏でた吟遊詩人は、周囲に集まった村人たちに語り掛けた。
「人々はその国を平和でそれは美しい国だと。口々に言っていました」
「しかし、私がそこへ訪れた時、王は存在しなかった。代わりに玉座を狙う権力者と、多額の税金を課せられた貧しい国民らがいたのです」
「そして私は見ました。幽閉され、俗世から疎外された亡き王の忘れ形見の王子を」
「私は、旅の途中で幾度となく朽ちかけた国をその目で見てきました。そしてこの国もそうなると確信したのです」
吟遊自身は悲しみに暮れた顔を上げた。村人たちが固唾を飲み込んで、話の続きを待つ。
吟遊詩人は、ふと表情を和らげた。
Queen of marriage〜女王の結婚〜
全ての命の始まりを生み出したと伝えられる大山脈マカリア。マカリアを境に東、広大な森と湖に囲まれたその大地を、人々は女王の庭と呼んだ。
「女王の庭」には、多くの王国が隣接するように連なっていた。
その一つに、アレイアという国がある。
「女王の庭」の最も東の果てにある王国だ。
アレイア王国は、五百年も昔から諸国を治める小国を束ね、統治し、平和な時代を築いてきた。
この物語は、アレイアの北にある小さな集落で起こった「ある事件」から始まる。
背の高い雑草が生い茂る林の中、静寂を打ち破るような高い泣き声が響いた。
「―――――ほら、また聞こえた。さっきよりもはっきり。ねえあんた、聞いたかい、今の声」
中年の農婦は、窓を開け放って聞き耳を立てた。今度はもう少しはっきり聞こえた。
「娘っこだ。…かわいそうに。きっと森で迷ったんだろうよ」
夫は妻の心配もよそに、暖炉の前でワインを楽しんでいる。
そんな亭主にしびれを切らした妻は、ワインを取り上げて怒鳴った。
「何言ってんだ。こんな夜中に泣く女の声は昔から狼だって決まってる。あんたの耳は節穴かい?」
「マリア。家畜小屋の鍵はちゃんと閉めたんだ。心配することはないさ」
「あんなボロ鍵、数匹で押さえりゃ簡単に壊れる代物さ」
妻は家の中を所在無さ気に歩き回る。
「少し落ち着かないか、みっともない」
叱責した亭主を見下ろすマリアは、鼻を鳴らした。「見損なったよ」と毒付く。
「あんたが行かないって言うなら、あたしが様子を見に行く」
壁にかけてある斧を取った妻に仰天した夫は、腰を上げてそれを取り上げた。
「やめろ」
「何だい。怖気づいたのかい」
「お前が心配性だからだ。わしが行く。小一時間しても帰ってこなかったら、ヴァレンを連れて村人集の助けを呼べ」
「縁起の悪いことを言うもんじゃないよ」
「…部屋の鍵をよく閉めておけ。行ってくる」
油を入れたカンテラを手に、農夫は妻を残して家を出た。
「こらバフ。寝てねぇで付いて来い。お前のその鼻が頼りなんだ」
農夫は暖炉の前で寝ていた老犬を呼び起こす。大きく伸びをしたバフは、ふさふさとした尻尾を振って、主人の後に付いて行った。
農夫は満点の空を仰ぐ。月明かりは雲陰に隠れて全く見えなかった。
カンテラの油をもう確かめて、農夫と老犬は注意深く小道を進んで行った。
沢の側にある家畜小屋に辿り着くと、家畜の無事を確認し、鍵の様子を確かめた。
そして次に裏手の雑木林に回った。雑草に覆われた茂みに足をのばそうとしたとき、バフが、警戒するように低く唸った。
農夫は息を殺す。
真っ暗な闇に向かって、カンテラの明りをそっとかざした。
再び泣き声が響いた。まるで小さな少女が泣いているようだった。
農夫は、もう片方の手に持った斧をゆっくりと利き手に持ち返すと、用心深く茂みに足を踏み出す。
目を凝らし、農夫は斧を茂みに向けた。
「来るなら来やがれ。狼め」
農夫が斧を振りかざしたその時、雲間に隠れていた月が、顔を出した。
鮮明に映し出された目の前の光景に、農夫は目を見開いた。