【瑛side】




こんなタイミングで笑う事に、無理と感じたのは大学に入ってから。

じゃあ今までの俺は一体なんだったんだって聞かれたら、アレは演技だったから。
偽りの自分だったから何でも出来たんだって、言い張れる自信がある。

今の俺。
まっさらの…あの頃に比べたらずっと素直になった、ひねくれ者の俺。お前に振られた事で、ようやく楽になって今の俺があるっていうのに。




−−−今どうやって、あの頃みたいな笑顔の仮面をつけろって言うんだよ?






【6月の憂鬱】thank your clap MS
〜瑛side〜







「うう……もうこんなのやだよぉ〜」




大学のカフェテリア。
今日一日の講義が終わった所でまた捕まった。
毎週のように会いたくもないのに何故か遭遇するお前にとっ捕まって、さっそく恒例の愚痴ときたもんだ。

今日は俺のバイトが休みだっての、お前分かってて声かけてきたんだろ?
そういう確信犯的な所は高校の頃から何も変わっちゃいなくて、ホッとする反面でやっぱり恨めしく思う。




「で?今日は何だよ。赤城のドコが嫌だっていうんだ?」

「味覚だよ味覚!前からおかしいおかしいと思ってたけど、ほんと信じられない!!」



今日もまた、俺にとってはどうでもいいような事でギャーギャーと文句を連ねているお前の顔を、憮然とした表情のままで眺めながら俺はお前から渡された缶コーヒーを口にする。


俺の初恋の相手だったお前。
結局この思いを口にする事なく俺の恋は終わったけど、口にしなかったからこそ今の俺たちの距離感があって、それは安堵する一方で俺の心に今も重くのし掛かっているんだ。


高校の卒業式のあの日。学校までお前を捜しに行った先で、ライバルだった若王子先生に捕まった。




『彼女、もしかしたら…他校の、はば学の生徒に取られちゃったかも知れません』

大人の癖に泣きそうな顔をして俺に縋り愚痴った若ちゃん。
アンタそれでも大人かよなんて怒る事も出来ずに、それでも諦め切れずにあの頃お前といつも話した、俺んちの前の浜に向かったんだ。



そこで見たのは、あのはば学の制服と見慣れた栗色の髪。



…ああ、戻ってきたのは失敗だった。
俺はあの日あの時に、ずっと隠してきた自分の気持ちを心の奥底に封印した。




親の反対も押し切って、俺は一流大学を受験して合格し、そしてこの街に戻ってきたんだ。

『好きな女に告白する前に振られました、だからやっぱり一流大学には行けません』


そんな赤っ恥をかく位なら、俺は確実に死ねる。
やっぱりこんな時でも俺はプライドをねじ曲げる事なんか出来なくって、どうして今ここに居るんだろうと思いながらも、今日も俺は大学に行く。




窮屈だったあの頃と比べて、俺は変わったと思う。

愛想を振りまく事もなく嫌な事は嫌だと言うし、言い寄ってくる女の子達にもばっさりときつい事も言う。おかげで男友達が増えて、正直むさ苦しい。

それに大学の講義は興味をそそる事ばかり。トップクラスとは行かないなりに、自分の出来る事をこの4年間でじっくり学んで、必要な資格だって取得して、そしていつかは珊瑚礁を…と、ひとり俺はこれから目指す道を心に誓ったんだ。

それなのにお前は、今でも俺の邪魔をする事ばっかりだ。頭痛の種である事は、何ひとつ変わらない。





「あのなぁ…俺、一応今夜はコンパがあるんだけど?」

「…は?瑛くんが?誰と?」

「関係ない。だから俺、一回家帰りたいんだよ。もう行くから」



同じ学部の奴からは、ひっきりなしにコンパ要員扱いだ。でもまぁ…気晴らしになるかって程度の感覚で、俺は時々顔を出す。

今日は大学病院のナースさん達だって言うから、少しは気が楽。大学に入ってから分かったけど、俺は大人の中に紛れているのが気が楽だと気づいたから。
大人はいい。同年代と違ってギャーギャー騒がないし、うざくないし後腐れもないから。

飲みかけた旨くもない缶コーヒーを一気に飲み干し、お前の追求もそのままで1人歩き出す。



「や、やだっ、瑛くん待って!」

「待たない。大体お前、なんで俺についてくるんだ。意味わかんないし」

「意味なんか私だってわかんないもんっ!でも待ってってば〜〜っ」



比較的早足で歩く俺に追いつこうと、後ろからは非難するでもなく懇願するでもないような曖昧な言い方でお前が追いかけてくる。

比較的広いキャンパスを後にして、(俺の足で)徒歩10分の最寄りの駅の改札をくぐり、学生でごった返すホームで電車を待つ。
ポケットの中から携帯を取り出して時間を確認していた所で……


額に汗を浮かべたお前が息を切らしながら、ようやく(とうとう?)俺に追いついた。




「もうっ!瑛くん、ほんと優しくない!」

「……悪かったな」

「なんで私にばっかり意地悪するの!?ひどいよ、高校の頃はもうちょっと優しかったのに…」



半べそで俺を上目遣いで見上げる、あの頃となんら変わらないお前の表情を横目に見て、俺は小さくため息をつくしかない。



「ウルサイ。彼氏が居る女には優しくしない、これは俺の主義だ」



これは本当。だってそうだろ?
好きだった女が今でも友だちで、しかも多分周囲からは親友だと思われている。

封印した筈の恋心が突然この口から溢れ出てしまわないようにするには、距離を置くのが一番に決まってる。
だから俺は、コイツには必要以上に優しくしないように心がけているんだ。




「でも……あたしたち、友だちじゃない?」

「−−−友だちだからこそ、だろ?
お前と彼氏に何かあった時に俺にとばっちりが来るのもゴメンだ」

「そんな!だって−−−」


何かを言いかけたお前の声は、ホームに流れ込んだ急行電車の突風に掠われて……聞こえなかった。





電車に乗り込んだ後もお前はどこかおかしい。縋り付いているポールから目線を上げ、俺に向かって何かを言いかけてはやめ、ふうと小さなため息をつく。そして車窓の風景をぼんやりと眺めて電車の揺れに身を任せてまた目を伏せる。
俺はその姿を横目で見ているしか出来ない。
そう−−−出来ないんだ。

だって、お前の肩を抱いて手を引いて歩いていけるのは……お前の恋人だけ、だろ?



俺にはその資格すら、ない。



「で?何でお前はノコノコついて来るんだ?
ホラ、とっとと家に帰れ。
でなかったら彼氏を呼べ!仲直りしろ、いいな?!」



地元の駅についた俺たちが見たのは、絵に書いたような夕立。雨のカーテンが降り注ぎ、見慣れた駅前の景色が水煙に煙っていた。

傘なんて俺は持っていなかったから途端に苛ついた。
雨は嫌いだ。
髪型だって決まらないし、あの、お前から告げられた雨の日に出会った気になる人がいるって昔の記憶が戻ってきて、より憂鬱にさせるから。

小さく舌打ちして、横に立つお前にとっとと帰れと言い放ち家路を急ごうとした瞬間、俺は肩から斜めに提げていたバッグを掴まれた。



「なっ「折り畳み傘あるから……一緒にいこ?」」



あの頃と同じような目をして俺を見上げたお前。
周囲は突然の雨に騒がしく行き交う人の波。その中で俺たち2人の間の空気全部が……

一瞬、止まったかのように見えた。





***


何か感想等コメントお待ちしています(^-^)



[TOPへ]
[カスタマイズ]

©フォレストページ