戴き物
□不安の訪問者
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不安の訪問者
(はあ………)
何度、心の中でため息をついただろうか。
確かに仕方の無い事だし、私には全くもって関係の無い事なのだけど。
「本当にネウロさんって素敵ね…こんな探偵事務所なんかで働いて、勿体ないわよ?」
「そんな事ありませんよ。僕はここで働ける事を誇りに思っていますし」
「あら謙遜しちゃって。ねぇ…私の店で働かない?悪いようにはしないわよ」
苦笑いするネウロに気づいていないのかそれとも知らないフリをしているのか、尚も依頼人はネウロにすり寄る。
「ね…?少なくともお子様よりは私の方が、良いと思うけど?」
チラリと横目にこちらを見る依頼人に、私は堪えきれず顔を背けた。
事の始まりは昨日、夕方から夜へと移り変わり始めた頃に起こった。
私が帰ろうかとカバンを掴み、その背後からネウロが(何かを)仕掛けに来た時だ。
いきなり事務所のドアが勢いよく開かれ、一人の女の人が入ってきた。
明らかにお金持ちな派手な服や、醸し出す雰囲気。そして、見下すように私達―と言うより私―を眺めてから口を開いた。
「お願いしたい事があるのよ。話を聞いてもらえるかしら?」
なんとなく偉そうに言い放つと、その人はスッとネウロに近づいて腕を取った。
「この話は、男性の方がわかりやすいと思うの。いいでしょう?」
睨むように私の方を見られても何も言えず、ネウロを見れば、ネウロは見えてないのをいい事にもの凄くウザそうな顔をしていた。多分『謎』の気配が無いのだろう。
しかし、依頼人がネウロを見上げれば、仕方なしに助手顔で笑みを浮かべ、さり気なくスーツを掴む腕を引き剥がした。
「承知しました。どうぞこちらでお話ください」
しかし、それが始まりのスイッチだった。
依頼人は関係の無い事(主に自分の事やネウロをベタ褒めするのだけど)をベラベラと喋り、気がつけば夜も更けた頃。話は一歩も進展しないまま終わってしまったのだ。
ネウロがやんわりと帰るよう促すと、依頼人はわずかに悔しそうな顔をして事務所を出た。
「また明日来るわ。私の話、よぅく聞いてね、脳噛さん」
そう、言い残して。
そして翌日(今日)、ほぼ事務所開店とともに開かれたドアの向こうには、その依頼人が立っていたのだった……。
事務所のイメージのためにもネウロは表面上無碍にできず、また仕方なしに話を聞いていた。
しかし、依頼人は私を無視してネウロの隣に腰掛けて、なんだかベタベタ触ったり色目を使ったり……昨日は『脳噛さん』だったのにいつの間にか『ネウロさん』になってるし………。
ネウロに話す隙を作らず、ひたすら自分の経営している店の話や、ネウロの容姿やらを褒めたりしていて。
そして、今に至る。
……確かに、私は本物の探偵でもないし、ネウロの事にとやかく言う権利も悔しい事に、無いんだけど。
でも、なんだか、ネウロが他の女の人に名前を呼ばれていると、女の人が隣にいると……胸がチクチクと痛む。
ジワリと涙が滲み、やたらと不安感に襲われて潰されそうだ。
よく見れば依頼人は美人な顔をしているし、スタイルだって良い。
ネウロも私みたいなまだ子供っぽさが抜けない、色気の無い女なんかより、こういう大人の人がいいのかな……。
されるがままのネウロを見ていると、そう思ってしまったり……。
次々と留まる事を知らず溢れてくる。
なんだろう。この気持ち――――
「いい加減にしてください」
唐突に、事務所に冷たい声が響いた。
顔を上げると、ネウロは胸にしなだれかかってきていた依頼人を軽く突き放して、寒気がするくらいに冷たい瞳で睨んでいた。
「な、何よ。私は依頼に来たのよ。話を聞いてくれたっていいじゃない」
一気に氷点下まで下がったのではないかと思うほど、冷えた事務所の空気に物怖じしながらも依頼人は偉そうに言い放つ。
その言葉にネウロの瞳がスゥと細まって、依頼人は怯えたように体を震わせた。
「依頼の話もしないのに依頼人と言えますか?あなたはただの邪魔者です。先生はあなたなどのお相手をしている暇はありません。お引き取り願います」
ニッコリと、底冷えするような笑みを浮かべてドアを指すネウロからは何か黒いオーラのような物が出ている。
おそらく魔力で威圧しているのだろう。依頼人…女は顔をサッと青ざめさせて、逃げるように事務所から飛び出していった。
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