戴き物

□吾代の巻き添え日記
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吾代の巻き添え日記



元は金融会社だったここも、すでにこの二人の色に塗りつぶされていて。




「そらヤコ!しっかりキャッチしろ!」

「無理無理無理ぃい!うああああ!?」



今、目の前で繰り広げられるかなりハードな遊び(!?)を一身に受けるのは、まだその体の至る所に幼さを残す少女。


(このくらいになるともう少しくらい色気あってもいいんじゃねえか?)


そう思いはしても、少女に向けてキャッキャと子供のようにじゃれている(?)男には、言えるはずもなく。



「そら!」


ヒュン!!と空を裂くように飛んでいくのは、左右完璧に対称に折られた紙飛行機だ。
それは自分が持ってきた資料。赤い机には数枚、それと同じ物が置いてあり、それだけあれば男には用済みだったらしい。


紙飛行機は、下手をすればそこらを走っている車よりも速く、寸分違わず少女の頭の中心に吸い込まれていった。




「いったあぁぁぁ!!」


「フハハハハハハ」



悲鳴と、それに負けない笑い声が事務所に響く。

ソファーに座り、いつの間にか出された紅茶を口にしながら、あれが自分でなくてよかったと心底思う。


「うぅ…痛い…(泣)なんでつむじピンポイントで…」

「ちょうど的の代わりになったのだ。うれしいだろう?」


まるで犬猫のようだ。と思う。
構いたくて構われて、イヤイヤしながらも結局は一緒にいる。近づかなければいいのに、その選択肢はどちらにも無いらしい。


少女は男に、痛みに潤んだ瞳を向けた。


「うれしくない!ハゲたらどうするのよ!!お嫁にいけないじゃん!!」


そんな子供のような言葉に、男は艶やかに笑う。



「安心しろ。我が輩がもらってやる♪」


「「なっ…!!」」


「え?」「あ゛ぁ!?」




大きな目が丸まり、不思議なものを見るような目つきに変わる。


「………吾代さん、いたんだ」


数瞬遅れて、少女の呟いた言葉の意味を理解した。


「んだテメェ!自分から呼び出しといて勝手に存在消してんじゃねーよ!!」


仕事中であったというのに、わざわざ来ていた自分にその言葉はないだろう。労いの言葉ならともかく。


「わっ私じゃないもん!呼んだのはネウロだひぎゃああ!?「まったく先生ってば☆忙しい雑用を呼びつけてはいけませんよ!せっかく地を這う蟻のようにせっせと働いていたのに!」

少女の抗議は、背後に忍び寄っていた男に首を締められて中途半端に終わる。少女の顔は見る見るうちに赤黒く染まり、目が白目を剥く瞬間にようやく離された。

(よく死なねぇなぁ……見る限りあれ、殺す気満々じゃねえか?)


感心と同時に哀れに思いながらも、一応声をかける。


「お、おい探偵…大丈夫か?」


「だいじょうぶですよ?ちょっとめのまえがちかちかしてくらくらするだけですから」


「…全部ひらがなんなってんぞ。マジで大丈夫なのか!?おいバケモン!!」


思わず叫ぶように呼びかけると、男はなぜか艶やかに笑った。

「案ずるな、吾代。ヤコはこうすれば復活する」


ガッ!!と男は少女の顎を掴んで上向かせ、まだフラフラとしている少女の唇に、唇を重ねた。



「ん…?…ん―っ!やぁ…だ、…ぅあ…」



少女は始め、ぼんやりとキスを受けていたが、唐突に顔を真っ赤にして、男の腕を引っ掻いて離れようとする。しかし男がそれを許すはずもなく、腕を自分の背中に回させて、少女を正面から抱き締めた。


「ヤコ…」


「…な……ななななな何すんのよっ!!」


正気に戻ったらしい少女は、燃えているのではないかと思うくらい顔を真っ赤にして、慌てて男の腕から抜け出した。




「吾代さんがいる前でしないでよっ!!」


頬を染め、涙目にそんな事を言われても、男から見たら誘われているようにしか見えないだろう…そう思うのはあながち間違いではない、はずだ。


(てゆーか俺さえいなけりゃいいのかよ?)


「ほぅ…それでは吾代がいなければいくらしても問題はない……という事だな?」


即座に浮かんだ疑問は、男自身が口にした。


そして、その問いの意味は、

「吾代、帰れ」



「…………はぁあ!!?なんで呼び出された俺が帰んなきゃ…!!」


中指で指され、満面の笑みで告げる男の背中から、何やら黒いオーラのような物が立ち上っているのに気づき、口を噤む。
それに不穏なものを感じ、思わずソファーを立つと、指はスゥッと持ち上がった。

それはゆっくりと男の顎に添えられ、男の目が潤む。




「イヤか…?」




わざとらしい、それ。しかしその裏には、とんでもない悪意や邪心が潜んでいる。

聞きながらも人の首を縦に振らせる、魔法の言葉…もとい呪いの言葉。



「ダメか……?」



それに逆らう気力も、意味も、今この時にありはしなかった。


「…チッ!!わーかったよ!!帰りゃいいんだろ帰りゃ!!」


舌打ち混じりに言うと、男はニヤリと笑い、再び中指でドアをビシッと指した。


「とっとと帰れv次に来る時はましな情報を持ってこい」

どこまでも偉そうに言い放つ男に苛立ちながら、小さくため息をつく。


「あばよ。せいぜい仲良くやれやバケモン、探偵」


「ごっ!吾代さ―――ん!!!!」

「フハハハハハ」



悲鳴にも似た叫びと笑い声を背に、ドアを閉める。

(なんで、あんな奴らを上司って認めちったかなぁ…俺)


背後からは、まだ叫びと笑い声が混じり聞こえてくる。


子供っぽい探偵と、謎の多い凡そ人間とは思えない男。

とても釣り合うような二人に見えないが、なぜかあの二人が作る空間はいつもあたたかく、愛情に溢れたものだった。



「……まだしばらくは、付き合ってやるよ。バケモン『共』」


自分までも引きずり込んだその二人に、ほんの少しだけ感謝し、階段を降りる。


ビルから出て見上げた空は、どこまでも青かった。





その端っこには、少女が吊り下げられていた。



終わり


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