Long

□Rendezvous
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prologue


Love’s not Time’s fool,though rosy lips and cheeks
Within his bending sickle’s compass come;
Love alters not with his brief hours and weeks,
But bears it out ev’n to the edge of doom:-
William Shakespeare


夕暮れ時の曇り空の下、学生鞄を小脇に抱えて、バスを降りる。
あまり人の通らない裏通り。いつもここを歩くときは少々の緊張を強いられる。

通りに面した小さな公園には、みすぼらしい格好をした人たちが何をするでもなく漫然と屯している。
恐らくは帰る場所のないのであろう人たち。
コンクリートで固められた地べたに座り込む姿が痛々しく映る。

3年前ならここは芝生であり、ところどころに立つパラソルが日差しを受けて心地よい影を落とす憩いの場だったのだが、
「街の景観を損ねる」という市長の意向で、彼らを追い出すために公園をコンクリート地へと変える工事が強行されたのだ。

かつて、語り合った言葉を思い出す。

―何もできずにただ見ていることしかできんのだ。無力だな。
―でも、少なくともあんたは「問題がそこにある」「そして何もできない」ことを知ってるじゃん。

自分の倍の年齢の男に、よくもまあそんなことを言ったものだと思う。
けれど、男は一瞬戸惑ったような顔をして、けれど小さく「そうだな」と呟いたのだ―


少しだけ微笑して、公園を過ぎる。

治安の悪さゆえにか、公園の隣には交番が立っている。
これから見回りをするのであろう巡査が伸びをしながら出てきた。ごく軽く頭を下げ、相手の敬礼を微笑んで受ける。

すれちがうようにして巡査が反対の方向へ歩いてゆくのを視界の隅で捉えながら、見慣れた公衆電話の横を過ぎた。
国際電話もできる上に小さな腰掛けまで設置されている優れものだが、利用している者を見たことがない。
いつもそれはただ漫然とそこにある。
そういうものなのだ。

そして、溜め息のような吐息を吐き出して、少女は目的の建物の前に立っていた。

何の素気もない茶色の建造物。
四階建てで、大きめな駐車場と階段が目につく。
一見したところアパートやマンションのようだが、しかし生活の場特有の人間の息吹がこの建物には一切感じられなかった。

無機質だというのではない。
国会議事堂や裁判所の与える機械的で冷たい印象とこの建物は全く重ならない。
ただ、人間の気配がしないのだ。
ひっそりとしたたたずまいは、例えて言うならひっそりとしたアンティーク・ショップのようだった。
奇妙に古めかしい気配を与えながら、そこに生活感はない。

しかし、この建物の正体を知るのに、決定的な手がかりがひとつある。

少女はエントランスの隣の壁に掘り込まれた、巨大なオブジェに目をやった。
歪んだ時計が二つ重なり合ったような形をしたオブジェ。
かのダリの絵画を彷彿とさせるようなそれは、いつも少女に敬虔とも言える厳かな気持ちを抱かせた。
名もなき彫刻家の、名もなき作品。
右下にある小さなプラスティックの板には、小さな一連の文字がただひとこと刻まれている。

―歴史博物館へ捧ぐ―


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