Long

□四つの物語  Type : 66 01:愛してはいけない
1ページ/2ページ

01:愛してはいけない

(あのさぁ…この状況って…)
隣で眠るネウロの横顔を見つめて、弥子はふとそんなことを思う。

「小粒だが中々に上質な謎の気配がする」

と新聞を見つめて上機嫌に言いだしたネウロに、半ば以上強引に引きずられるような格好で連れてこられた県外の観光地。
大きなテーマパークがあることも手伝って、そこそこ賑わっている町である。
しかしどうやらネウロお目当ての「謎」は熟すのにもう少し時間がいるらしいことがわかり、この町で一晩過ごすことになった。

(…だけどさ…さすがにこれは…)

適当なホテルを探し、いつもの感覚で相部屋を頼んだ。
フロントの女性の妙な目線が気になりはしたが、かまわず通された部屋に荷物を置こうとして…

「…あのさ、ネウロ」

「何だウジムシ」

「今日って…天井で寝る…よね?」

願いを込めて男の流麗な横顔に視線をやる。…が、男はにべもなく、

「余計な魔力を使う気はない」

…私を虐待するのに使う魔力はあるくせに…!心中の秘かな呟きは、もちろん口に出すことはない。弥子とてまだ命は惜しい。

しかし、この状況。
幾分広めの部屋の中央にでーんと鎮座している、巨大ないわゆる「ダブルベッド」と呼ばれる代物。
部屋の中に他にベッドがある様子は当然、ない。
つまり、つまりだ。
今日自分はよりにもよってこの男と同じベッドで眠らなくてはならないということになる。

確かに、まあ、この年頃の女子高生と見た目だけは完璧な若い男が二人して泊まりにきたら・・・
誤解されても仕方ないのかもしれないが、頭で理解できても納得いくわけもなく。

もう一度、無駄な抵抗を試みる。

「えーと…それじゃ…ソファに寝る、とか」

「ここにはソファはない。何を言っている豆腐頭」

…わかってますよそれぐらい。でも察してくれてもいいじゃないか。
コイツに洞察力を期待するだけ無駄だったか…。

「−それにだな、ヤコよ」

「…な、何よ」

「我が輩が便所雑巾相手に欲情するわけがなかろう、洗濯板め」

コイツ・・・わかって言ってやがる!?

「失礼でしょネウロさすがに!それとせめて便所雑巾か洗濯板かのどっちかにしてよ!?」

「その必要はない。貴様は稀に見るその両方の性質を兼ね備えた人間だからな」

「ぜんっぜん嬉しくない褒め言葉をどうも!!」

「事実は事実として受け止めろ、ヤコ。・・・それとも」


ニヤリ、とネウロが嫌な笑みを浮かべた。


「そ、それとも・・・何よ」

こいつがこういう顔をするときには、大概ろくなセリフを吐かない。
用心しいしい、弥子は降ってくるであろう言葉に対して身構えた。

「それとも何か…期待、でもしているのか?」


カウンター・パンチ。ノックアウト。KO。


「ふ、ふ、ふざけんな!」

予想以上にとんでもないセリフに弥子の意識は吹っ飛んで、出てきた言葉はそれだけだった。
けれど魔人がそのような好機を逃すはずもなく。艶めく赤い唇が、しめたとばかりに歪む。
玩具で遊ぶ子供のように無邪気な、けれどどこまでも邪悪な矛盾した笑み。

「ならば何も問題なかろう。寝るぞ」

墓穴を掘ったことに気づいても、あとの祭りだった。

悪夢のようなやりとりを思い出し、弥子は溜め息をついて何度目かわからない寝返りを打った。
体は十分に疲れている。何しろあのコンパスの違いすぎる脚に昼中連れまわされたのだから。

…しかし、眠れない。

原因は何か。当然、隣にでーんと横たわる魔人である。
今はぐっすり眠っているらしく、ぴくりとも動かない。
しかし気配だけは確かに感じ、それが怖い。・・・そして、悲しい。

一応、仮にも女子高生の弥子にとって、この状況は心の底からぞっとするものだった。
今までとはわけが違う。ダブルベッドといえば、恋人たちの代名詞。幸せの代名詞。


…あいなんて、しあわせなんて、しらないくせに。


瞬間胸にはしった痛みには、気づかないふりを貫いて。
頬をつたう冷たいものは、きっとただの気のせいだ。そうでなければ、ならないのだ。
その果てには絶望以外、何もない。人間を理解しない、心を知らない魔人を、愛しては、いけない。



そのとき。



ネウロの姿を視界から外そうと背を向けていた腰に、長い腕が巻きついて引き寄せられた。

「ちょっ、ネウっ、何すんの!!」

思いっきり動揺して擦れた声。けれど返事は返ってはこなかった。
恐る恐る寝返りを打って、ネウロのほうへ顔を向ける。
すっぽりとネウロの腕のなかに収まる格好になっているのだが、弥子は気づかない。

「…寝て、るの…?」

そっと囁くと、返事の代わりに寝息がそれに答えた。

…何だ。寝呆けてたのか。

こんな心臓に悪いことはやめてほしい。中途半端に期待させるくらいなら、突き放して欲しいのに。
…けれど、抱きしめられる腕の感触が愛しくて、スーツ越しでない肌が心地よくて。

カーテンの隙間から覗く細い月明かりと同じくらい遠い背中に、少しだけ近づいたと…


錯覚でもいい、まやかしでもいいから。


今だけは、幸せでいさせてください。


いるのかさえわからない神に哀しい祈りを捧げて、弥子はその瞳を閉じた。



END

NEXT.あとがき


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ