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□四つの物語 Type : 66 02:望んではいけない
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望んではいけない
ゆっくりシーツを引き寄せて自分の体をくるむ。どうせ反対側に眠る男にはシーツなんて必要ないのだから。
起こしてしまっては面倒だから、そっと、そーっと。
ぱりっと糊の利いていたシーツはもう皺だらけ。けれど部屋の落ちついた調度のおかげであまり気にならない。
この男はいつもこういうどうでもいいことにこだわるのだ―部屋のデザインまできっちり調べあげるのだから恐れ入る。
上半身を起こして、当の男のほうを向いた。
まだぐっすり眠っているらしく、ぴくりとも動かない。
辛うじて浴衣を身に纏ってこそいるものの、合わせ目からはビロードのような肌と厚い胸板が大部分見えている。
日光が人形のように整ったその顔を照らしだす。
「勘弁してよね、もう…」
小さく、起こさないように呟いた。
「ネウロ」
男が身じろぎをした。
「……ヤ、コ…?」
「あ、起こしちゃった?ごめんね」
しまった。内心舌打ちしつつ、極力刺激しないように穏やかに言葉を紡ぐ。
何しろ、今まで睡眠中のこいつを起こしてろくなことのあったためしがないのだ。
「ヤコ……」
白い浴衣のなかで一ヶ所だけ異彩を放つ黒い革手袋。それがシーツの上に上がって弥子を差しまねいた。
警戒しつつも、そっと寝返りを打って男のほうを向く。
と、いきなり引き寄せられて抱き込まれた。
「あのー…ネウロ?」
さりげなく、けれど当然のように腰にまわされる腕を振り払おうと身を捩りつつ恐る恐る相手の名を呼ぶ。
しかしやつは止まるどころか増長し、手のひらを背中に回してそっと愛撫を始めた。
「ちょっ、ちょっとネウロ!?今朝、朝の6時半だって!!」
「…聞こえんな」
嘯きながら私の体を抱き上げ、男は
「起こしたのは貴様だろう?」
あぁ、これだから…。こいつを起こすとろくなことがないんだ!
私は溜め息をつきつつ、自分のうかつさを呪った。
しかしさすがに今回ばかりは本気で勘弁してほしい。ここはホテルで、かつ今は朝なのだ。
「あのさぁ、ネウロ?もーすぐ、9時にはチェックアウトの時間なのですが。
せっかくのモーニング食べらんなくなるし、延滞料金払わなきゃいけなくなるよ?それに、私が大学に遅れちゃう」
「貴様の理由など知ったことか、この食欲奴隷」
「…わざわざその部分だけ抜きだして罵りますか、ネウロ?」
「どうせそれが一番の理由だろうが」
「そんなことな………うん、ないよ」
「今、不自然な間が空いたぞ」
「き、気のせいだって!」
そんな言葉にこの男がごまかされてくれるはずもなく、手袋をはめた手が浴衣の中にまで侵入してこようとする。
好きなようにさせるわけにはいかない。窓の外から差してくる日光が縞を作ってシーツに落ちる。
私は必死に説得を試みた。
「あのさ、いいかげん出席日数もヤバいし、大学サボるわけにはいかないの!
ダブッた探偵なんて誰も信用してくれないし、そうなったらもう依頼も来なくなっちゃうよ!?」
にんまり。
男が、とてつもなく「無邪気」な笑みを浮かべた。
…嫌な予感がする。
こういう表情をする時、こいつは絶対にろくなことを考えていないのだ。
「な…何ですか?ネウロ?」
返事の代わりに帰ってきたのは、特上笑顔の大判振舞い…嫌な予感のほうも倍増である。
そして男はいかにもあっさりとその予感を的中させてくれた。
「ふむ。大学の件なら問題は一切ない」
「…な、何でよ」
「貴様は昨日から、発作を起こして入院中だ。今更出席日数を気にしたところで遅い」
言葉の意味を理解した瞬間、驚きと呆れが同時にやってきた。
こいつの用意のいいのは知ってたけど…まさかここまでの計画的犯行をしでかしてくれるとは!
いったいいつの間に診断書や証明書を手に入れたのだろう?
どうせこいつのことだから、正攻法であるわけもないが。
「ヤコ。諦めろ」
傲慢なセリフとともに、とてつもなく「イイ笑顔」。
「観念しろ。貴様の逃げ道は、もうない」
必死に体をよじった。もう、恐らく100%こいつを止めるのは無理だろうけど・・・
それでも、思うがままに流されてたまるか、と抗う気力をかき集めて。
「諦め・・・なんて・・するもん・・・か!!はな・・・せ!!」
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