捧げ物
□Meteorite
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瞳を閉じたヤコの横顔を見て、魔人は微笑んだ。しかしそれはすぐに苦笑いに変わった。
―叶わない望み、か。ヤコ、我が輩もひとつ、それを知っている。
貴様を永遠に、そばにいさせたい。離したくない。
しかしそれは所詮、叶わぬ望みだ。我が輩が魔人で、貴様が人間である限り。
ならば、突き放したほうがいい。―取り返しのつかないことになる前に。
貴様を壊してしまう前に。
けれど、事務所に来ては泣き続ける少女を見るたび、「嫌だ」と思った。
突き放さなければならないと・・・慰めてはならないと思うほどに、その軋みはいよいよ強く魔人を支配するのだ。
一言、一言でいいから、言いたくてたまらなかった。
貴様は泣くのではなく笑うべきだ、ヤコ。
我が輩の隣で、いつまでもずっと笑っていればいい。
そして、今日。少女が流れゆく星々にさえ目をくれず、いつものように瞳を腫らしたまま事務所を出てゆこうとするのを見て・・・
軋みが、最高潮に達した。
「ヤコ」
呼ぶ声をまるで他人のもののように聞きながら、魔人はその手を伸ばしていた。
突き放さねばならない、慰めてはならないと思いながらも・・・。
嗚呼、所詮、無理なことだったのかもしれない。魔人にとって、少女の涙ほど不快なものはないのだから。
こころを抉るものは、ないのだから。
「・・・ヤコ、また星が流れた」
「うん、見たよ」
瞳を閉じたヤコの横顔。どうせ、「願い事」とやらをしているのだろう。
流星群が降り注ぐ夜。どれかひとつには、届くかもしれない。
なあ、ヤコ。我が輩も、貴様ら人間のように、馬鹿げた迷信を信じてみるか。
流れ星とやら。叶えられるのなら・・・叶えてみせるがいい。我が望みを。
少女と同じように瞳を閉じて。その華奢な肩を引き寄せて。
届くはずのない願い。けれどそれは美しく切なく、静謐な哀しみをたたえて滴り落ちる。
まるで絵のように並び立つ二人の背中には星の光が降り注いで。
彼らの共有する痛みを、彼ら自身も気づかない痛みを―ただ、そっと包み込む。
「ネウロ」
「何だ」
「私はきっと一生、今夜を忘れないよ。ありがとう」
返事は、短い。
「我が輩もだ」
その言葉にどれほどの感情がこめられているのか、それを悟ることはできない。また、許されもしない。
これほどまでに似ているのに…埋められない違いの壁はあまりにも大きい。
並び立つことのできない二人。絡まりあう、願い。
流れてゆくメテオライト・ブレイズ。そこに愛があるのかなどと、知るはずもないのに。
だがあなたが逃げ去るという最悪の仕打ちに出ても、
いのちあるかぎりあなたは否応なく私のものです。
いのちはあなたの愛より長く生きのびはしません、
それは生きるも死ぬもあなたの愛次第なのだから。
By William Shakespeare
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