捧げ物
□Heretic
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Heretic
あなたにはとりえのない私を捨てる権利がある、
私には陳述しようにも愛してもらう権利がない。
By William Shakespeare
唖然、呆然、いやまだ全然足りない。この…この形容しがたい心情を表すのには、全く。
目の前にはケーキとティーカップの山、山、山。肝心の少女の顔は一体どこに消えたのか…当然、その山の向こう。
猛烈な勢いで削られてゆく、机からこぼれんばかりに積み上げられたケーキの山の。
溜め息をついて肘を突こうとして…ひじを突く空間すら残されていないことに気づき、仕方なしに頭の後ろで手を組んだ。
「桂木…お前さ、いくらなんでも全メニュー制覇はないだろ・・・」
「ふぁんふぇふぇふふぁ?ふぇんふぇんふぁふぃふぁいふぇふふょ!!」
「…ごめん、人間語で喋ってくれないかな」
とか言いつつも、なんとなく意味がわかってしまう自分が悲しい。
…きっと今のは「何でですか?全然足りないですよ!!」だろう。奇しくも自分が先ほど思い浮かべたのと同じ言葉である…
当然のこと、その意味することには天と地の開きがあるが。
そして、なんだかんだ言いつつ、彼女が幸せそうなのが嬉しい。…これはいわゆるアレか、「惚れた弱み」という奴なのか。
たった一言で自分を救ってくれた、この少女だからこそ。
…きっと叶わないとは、知っているけれど。
物思いにふけっているあいだ(…とはいえ、ほんの2,3分だったはずなのだが)に、積み上げられていた山の敷地面積は半分以下にまで減っていた。
彼女は絶対に、探偵なんかでなくフードファイターになるべきだったと思う。趣味と実益を兼ねた最高の職業だ。
100%、世界制覇できることだろう。探偵なんかよりよほど彼女には合っていたはずなのに。
…そう、結局自分は、「彼女が探偵でなかったら」を考えてしまうのだ。
…もしそうだったなら自分と彼女がめぐり合うことなどなかっただろうと、例え頭では知っていても。
なぜなら。もしも彼女が探偵でなかったら。彼女の隣にあの男はいないのだから。
あの、男、は。
「…桂木」
「ふぁんふぇふふぁ?」
「あー…ゴメン、俺やっぱ宇宙人語はちょっと…」
ゴクン、と一気に少女がケーキを飲みくだした。その白い喉元にさえ見惚れる自分をつくづく情けないと思う。
「すいません、全然気がつかなくて…何ですか?」
どうやらケーキは消費しつくしたらしい。そうでなくては自分の言葉になど見向きもしてはくれなかっただろう。
…情けない。悔しいと思ってしまう自分が。そして、その感情を口に出さずにはおれない自分が。
「えーっと…今日は事務所には行かなくていいの?」
とたん、少女の顔があからさまに暗くなる。けれど後悔はない。
俺だって馬鹿じゃない。
この時間帯彼女があの場所…事務所にいないということ自体異常だと知っていて、強引に喫茶店に誘ったのだから。
最低だよなぁ、俺…。そこにつけ込もうとするなんてさ。
でも、でもさ。魔人さん。俺にだって、それくらいのチャンス、与えてくれてもいいだろ?
だから、言葉を継ぐ。真実であろうと、探偵じゃない俺にだってわかる事実を突きつける。
「ネウロと、何かあったの?」
少女が凍りついた。
まるで螺子の切れたゼンマイの様に虚ろな目をして。凍りついたその腕が顔が、血の気を失って紙のように白くなってゆく。
「いえ…別に…何も」
「何もないって口調じゃないよ」
何もないわけがない、だろう?
「俺でよければ…話を聞くよ」
沈黙。痛いほどの沈黙。ティーカップを握りしめた掌がぶるぶると震え、それだけが奇妙に静かな空間に奇妙な「動」を創り出した。
「…ネウロが、」
「……」
やっと口を開いた少女の顔色は、蒼白を通り越して土気色になっていた。
口を開くのが嫌で仕方ない、けれど言わずにはいられない…そんな感情が透けて見えた。
「…ネウロが、何も…何も言おうとしないんです」
「?それは…」
「私を…まるで透明人間みたいに…」
そこにいない、みたいに。
抑えきれなかったのだろう、見開いた瞳から、一つ二つと透明な何かが彼女の頬を伝い落ちた。
「メールも、来ない。事務所に言っても、一言も話しかけてこないんです。私が何か話しかけても、空気みたいに無視されて…
それに、触れてこようともしない」
「は!?」
「毎日みたいに食らわしてたDVも、一切しようとしないんです」
…そういうことですか。いや、ビビッた。だって何も知らずに今のセリフ聞いたら、かなーりその…アブなく聞こえないか?
まあ、それはそうとして!!
「…キッツいなぁ…」
嗚咽にそのあとの言葉はかき消された。
恐らく、今の一言が彼女の最も正直な心情だろう。相当キツいんだろう…俺にさえ、こんなに簡単に感情をさらけ出してしまうのだから。
俺に、さえ。
「桂木」
「…何ですか?」
深く呼吸をした。決して言ってはいけない言葉を、俺は口にしようとしているのだから。
言ってしまったならもう戻れない。だけど、あえてそのタブーを破る。
「ネウロのこと、好きなの?」
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