捧げ物
□A Midsummer Night’s Dream
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A Midsummer Night’s Dream
ああ、声なき愛が書いたことばを読みとってほしい、
目で聞くことこそ愛のすばらしい知恵なのだから。
By William Shakespeare
奇妙な成り行きだと、思う。
隣に立つ魔人の浴衣姿をちらりと見て、すぐに目をそらす。
普段青いスーツで全身防備しているところばかり見ている…しかし、浴衣はいささか露出度が高い。
見た目だけは完璧なこの男がそれを身に纏うと、緩い胸もとからのぞく白い筋肉質の肌や、むき出しの、ほっそりしていながら逞しい腕ばかりが目についてかなり心臓に悪い。
…そして、その中でも外さない黒い革手袋。
無意識の内に胸もとをかきよせながら左手に握ったリンゴ飴を嘗め、少女はマリアナ海溝なみに深い深い溜め息をついた。
そ知らぬ顔をして腕を組む男に恨めしげな視線を送るも、気づかないのか気づかぬふりをしているのか、男の視線は少女には向かない。
興味があるのか無関心なのか今一つわからない無表情な瞳で、夜の喧騒を見つめている。
「祭り、とは、人間の生み出した文化のなかでも最も興味深いものの一つだ」
唐突な言葉が頭上から振ってくる。少女はまた溜め息をついた。
何も言わずに着替えさせられ、半ば強制的に引っ張ってこられたこちらの身にもなってほしい。
…この男にそれを期待するだけ無駄か。
「周縁化された文化、従属させられたカオス。それらを一時的に取り込み、昇華させてカタルシスとなす―実によくできている」
「…ごめんネウロ、意味わかんない」
どのみちこの男に解るように説明する気などあるわけもない。悔しさにかられ、なんとか理解してやろうと男の横顔を見上げた。
「えっと、カタルシスって何」
呆れ果てた目線にめげるまいと、睨むようにして男を見る。
「浄化、純化を意味するギリシア語だ。アリストテレスが用いた精神の浄化作用を示す用語だな」
相変わらず無駄に専門的なことにばかり詳しいのだ、この男は。
「えーと、それじゃあ、あんたが言ってんのは…」
つまり「祭り」とは、追いやられた文化や人々の不満を一挙に取り込み、発散させ浄化させる行為として産み出されたものだと。
「…うわ、相変わらず夢もロマンもない…」
「間違っているか?」
「いや、間違ってはないけどさ、なんかこう…」
言っても無駄か。すぐに説得を諦め、首をぐるぐると回した。
この男の話に真面目につきあっていると肩が凝ってくる。
「私なら純粋に楽しむけどなぁ。祭りの屋台で出てくるヤキソバとかタコヤキって、普段絶対味わえない特別な味がするもん。
やっぱ今でなきゃ。いくらあんたに半ば強制的に引っ張ってこられたとは言え!」
「…フン、くだらん」
コイツがやたら祭りに興味を示したのもそれが原因か…。
確かに古代の政治家たちは、民衆の不満を発散させる手段として祭りを利用したらしいけど…。
弥子は嘗め終えてしまったリンゴ飴を備え付けのゴミ箱に放りこむ。
再び食料を調達すべく種々雑多な浴衣でごったがえす祭りの喧騒の中に飛び込もうとした。
そのとき、ぐいっと衣の袖を引かれるのを感じ、慌てて振り返り張本人(であろうと考えられる)男に一言文句を言ってやろうとして…
物凄い力で引きずり込まれるのを感じた。
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