捧げ物

□慰めの報酬
1ページ/4ページ

星も月も消えて
風の吹き荒れる暗く湿った夜は
一晩中誰かが馬を走らせる
家々の明かりも消えた真夜中に
なぜ あんなにも走りまわっているのだろう

ロバート・ルイス・スティーブンソン


夜の帳の降りはじめた事務所の中―。

ソファの上で目覚めてすぐに、そばにいるはずの少女の温もりが見つからないことに気付く。
身を起こして辺りを見回すと、窓辺に立って外を見下ろす少女の姿があった。
肌も露わに肌蹴た服を直そうともせず、前の開いたシャツを羽織るようにして着ている。
いくら暖房が利いているとはいえ、寒いだろうに…ネウロは呆れながら、少女がこちらに気づくのを待った。

「…起きたの?」

「ああ。貴様こそ、いつの間に起きたのだ?服くらい整えろ」

否、もう「少女」と呼ぶのは相応しくないのかもしれない。
出会った日から、すでに何年もの時が過ぎているのだから。
それでも、彼女の姿は全く変わることがなかった。華奢な体も、幼い顔立ちも。

さすがに不審に思い、魔力を用いて彼女を調べると、そこには一つの悲しい答えがあった。

…彼女は、魔人と体を重ねたがゆえに、既に人間の範疇を外れていたのである。
魔力を使えるわけではない。魔人のように強靭な肉体を持つわけでもない。

…ただ、死ねない。年をとることができないのだ。

「…ねえ、ネウロ。ここに、あとどのくらい、いられるのかな」

「そう長くはないだろうな…」

いつまでも年を取らない彼女に不審を抱くものは、必ずや現れる。
あと、長く見積もって2年…恐らくそれが限界だろう。

小さく震える弥子を見つめながら、ネウロは口の中に「苦さ」が広がるのを感じた。

まるで何の捻りもないつまらない「謎」を食べてしまった時のような、味。


本当は、知っていたのだ。
弥子がどういう運命をたどるのかも、これまでのように生きられなくなるだろうことも。


それでも、「欲しい」という衝動を止めることはできなかった。
初めて「謎」以外のものに感じた欲求を前に、抗うことは不可能だった。

衝動のままに回した腕に、どうして弥子が応えてくれたのかは、わからない。
彼女は、欲望のままに求めたすべてを抗いながらも差し出した。

初めて求めた時、弥子は腕の中で一度だけネウロの名を呼んだ。
その意味さえも、ネウロにはまだ、わからない。


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ