捧げ物

□Devil and Lass
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春の青い空
その青空に浮かぶ白い雲。
なんと小さなことか
何年たっても思い出す―
涙して思い出す。
 ウィリアム・アリンガム


手早くジョッキを磨く。
右手に襤褸布を持ち、左手に握るジョッキをくるくると磨いていく。

ガラスの縁に光が反射して輝きの残像を瞳に残す。
何十年も行ってきた一連の動作を、今日も同じようにこなしていく。
ずんぐりとした太い指は、こんな店の主をしているせいだろうか、だいぶ荒れて節くれだっている。

カウンター席に座っている男が手を上げ、ビールを要求した。
良いかげんに出来上がってきているらしく、その頬は赤らんでいる。
40くらいか。だらしなくはみ出したシャツの裾から、妊婦なみにせり出したビール腹が見える。
この店に来るのはそんな客ばかりだ。
日ごろの憂さを晴らしたり、とにかく騒いで遊びたいという中年以上の男ばかり。
まれに女もいるが、皆きちんと自分で自分の面倒を見られる腕っ節の強い女将だ。

客にビールを注いでやる。
相手はジョッキを掲げて「ありがとよ!」と叫び…そのままスツールに付した。
すぐに立てはじめたいびきに溜め息がこぼれる。あとで外に連れ出してやらねばならない。

客の方をなるべく見ないようにしながら、日雇いの楽師たちに目線で合図を送る。
彼らは瞬時に意図を了解し、それまで奏でていた静かな曲を陽気なポルカへと変化させた。
たちまちのうちに店は活気づき、その場にいた男や女が手を取り合って踊りの輪をつくりはじめる。

やがてひとしきり皆が踊った後、スコットランド・ドラムがゆったりとした三拍子をとりはじめ、ポルカはワルツへと変化していく。
踊り足りない客たちはなおも曲に合わせて体を揺らし、店の喧騒は鎮まる様子を見せなかった。


―そして、その時、喧騒の中から、一組の男女が進み出てきた。


覚えず目を見張る。
二人とも、明らかにこの場にふさわしくない年齢と格好をしていた。


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