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□Place of the girl is neighbor of the beast
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Place of the girl is neighbor of the beast

この死んだ石を取り出して、ぼくの、生きている心臓をください。
   (ヴィルヘルム・ハウフ 『冷たい心臓』)


くるり、と寝返りを打とうとした彼を引き止めたくて、私は彼の背中に腕を回した。
手を伸ばして、今は上着を脱いでいる彼のスカーフに触れる。ふわり、と柔らかい感触。
頭を埋めるようにして、彼の胸板が温かいのになぜか安心する。


「―何をしている」


 あ、起こしちゃったかな。


「何でもないよ」

「・・・そうか」


いきなり彼の手が私の顔に伸びてきて、そっと引き寄せられる。
同時に振ってくる口づけ。彼らしくもなく触れるだけの優しいキス。
と、いきなり彼の唇が私のまぶたに触れた。くすぐったくて笑ってしまう。


「・・・なぜ、泣いている」

「え?」


慌てて目元に手をやる。確かに濡れている。


「・・・あれ、どうしちゃったかな」


自分が壊れたかと思った。
泣いた記憶はどこを探してもない。無意識のうちに流れた涙。

彼の唇が、今度はまなじりに降ってくる。
そうっと涙を拭われて、私はまた微笑んだ。


「・・・ねえ、ネウロ」

「何だ」


相変わらず、素っ気のない返事。でもそれが彼だ。


「あのさ・・・」


言い出しといて思わず口を噤んでしまう。やっぱり、怖いよ。


「言いたいことがあるのならさっさと言え、気持ちが悪い」

「き、気持ち悪いって・・・!」


反論は唇でふさがれる。同時に首筋にもひとつ。


「貴様の泣き顔はいつにも増して不細工だ。何が言いたい」


それは。


「心配、してくれてるの?」


返事は、ない。回された腕にこもる力が強くなっただけ。


「・・・あのさ」

「何だと言っている」

「・・・私が死んだら、ネウロはどうする・・・?」


彼の目が大きく見開かれる。


「・・・だって、ネウロと違って、私は人間なんだよ。
犯人に銃で撃たれたりとかって派手なオプションじゃないにしろ、事故に遭ったとか、
病気とか、簡単なことで死んじゃう」

「・・・・・・」

「夢、見ちゃったの」

「・・・・・・?」

「たぶんこの間の依頼のせいだと思うけど、私が犯人に逆恨みされて・・・バラバラに、される夢」


そう、すごくリアルな夢だった。
犯人に捕まって、少しずつ残虐に殺されていく私。笑いながら私をいたぶる犯人。
どんなに呼んでもネウロは来てくれなくて・・・それが一番、辛かった。
ネウロにとって、私って、何なんだろう。
目に見える答えが欲しかったんだと、思う。けれど、尋ねるのが、怖い。


「・・・有り得んな」

「え・・・?」

「その夢は現実には起こりえない」

「どういう、こと・・・?」

「貴様が犯人に殺されることなど有り得ん。

・・・我が輩が貴様を守るからだ。

よってその場合は我が輩の思考の想定内に入らん」

「・・・ネウ、ロ・・・・・・?」

彼だからこそ言える、絶対の自信に裏打ちされた言葉。
どんな白馬の王子様だろうと、魔人たる彼にはかなわないから。
それをよく知る私だからこそ、彼の言葉の重みが誰よりも理解できる。

そして、彼はさらに続けた。

「しかし・・・我が輩と貴様の間には、越えられん種族の壁が確かに存在する」

「・・・うん」

「貴様は我が輩ほどに永い時を生きられん・・・これは変えられぬ自然の摂理だ」

「・・・う、ん」

「故にこそ、・・・ヤコよ。貴様は我が輩に誓わねばならん」

「え、なに・・・?」

「貴様は生きねばならん。寿命を迎えるまでに死ぬことなど許されん。
事故からなら守ってやる、病気なら治してやろう。しかし貴様が生を諦めたとき、
・・・我が輩には何もできんのだ」

「・・・」

「我が輩は人間の感情を解さない、貴様の考えを見通すことなどできはせん。
・・・故にこそヤコよ、我が輩に誓え。貴様の生の続く限り生きると。我が輩の隣にいると」


絶句、した。
何よりも欲しかった言葉を、なんて簡単に、そしてなんて傲慢に発してくれるのだろう。

嗚呼、彼は、彼という魔人は・・・本当に、何という・・・何という愛しかたをしてくれるのだろう―

「ヤコ、ヤ、コ」

彼の声がじれったそうに私を呼ぶ。それを聞いたとたん、私の目から零れ落ちたもの。

「なぜ、泣く・・・」

不満そうな彼の声。
違うよ、違う。そうじゃないんだ。
力いっぱい目を擦ってようやく涙を止める。

言うべきことを言わなくちゃ。
魔人は人の感情を読めない。言葉にしないと伝わらないのだ。


「ネウロ、私、いても、いいんだよね?」

「・・・主語がないぞ、文法までも忘れたかこの豆腐頭」

「さっきネウロが言ったこと、だよ」

「・・・・・・」

「絶対に自分から死んだりなんてしないよ。ネウロが私をずっと隣にいさせてくれるなら。
だって、それこそが私にとっての『幸福』だから」


むき出しの強靭な腕が、私をベッドの奥に引き寄せた。


「・・・貴様のために泣いてやろう」

「え・・・?」

「・・・貴様の問いに対する答えだ。貴様が我が輩を残していったときには・・・
我が輩が貴様のために涙を流してやることにしよう。答えになっているか?」

ああ、ネウロ、

「ねうろ・・・っ」


わあっと涙があふれてきて、視界が曇る。

『嬉しくてこぼれる涙』・・・初めての経験だ。
しゃくりあげるようにして、止まらない涙を抑えようとする。
またネウロに誤解されちゃうかもしれない。
こんなに嬉しいのに、幸せなのに、伝えられない自分に腹が立つ。

はっきりしない視界で、魔人を見やる。
柔らかく微笑む彼の整った顔がそこにあった。


「ヤコ」

「な、に」

「今の貴様の泣き顔は、不細工だとは思わんな」

「あ、え、」


言いかけた言葉はまた、彼の唇に塞がれて。
私は何とか泣き笑いをした。

きっと「いつも以上に不細工な」顔だっただろうけど、今度は彼は何も言わなかった―。




END.



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