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□序章 序【ぷろろーぐ】
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序【ぷろろーぐ】
 秋風にたなびく雲の絶え間より漏れ出づる月の影のさやけさ(藤原顕輔)



その日、桂木遙は、いつものように山に竹を採りに出かけた。
夫・誠一が亡くなって以来、遙は夫のしていた仕事をおぼつかないながらも見よう見まねで受け継ぎ、
今やそれで生計を立てている。
竹を採り、採った竹を使って籠を編んだり、小さな細工物を作る。
静かな、とても静かな暮らし。
―たまらなく寂しいと感じることもあるけれど。
子もない彼女には、夫のいない寂しさを分かち合える人がいない。
ただ1人で生きてきた。これからもだ。


「・・・ねぇ、あなた。時ってやつは、戻せないものらしいわね」


あなたが隣にいてくれたころは、何もかもが幸せだったのに。
ぽそり、と呟く。溜め息を吐いた。


しばらく山に分け入り、いつもの場所へ向かう。
ぽっかりと開けた山の中の平地。ここではよい竹がたくさん採れるのだ。
目印にしている太い青竹まで、あと少し―



「・・・・・・え・・・?」



自分の呻き声で我に帰ったのは、どれくらいたってからのことだったろう。
ゆっくりと、目をこすった。信じられない光景が、そこにあった。


金色の光が、竹の内から漏れている―
たった一本きり、遙の目印の竹だけに、その光は宿っていた。
節と節の間に空いた小さな穴から漏れ出ずる清浄な、繊細な光。―まるで・・・月の光のような。


何かが中にある・・・いや、誰かが、中に、いる・・・・・・?


思わず、手に持った鉈と、目の前の竹を見比べる。
けれど、ためらいは一瞬のことだった。


もう、私に失うものはないのだ。ならば・・・!


パカッ。
決意をこめて打ち込んだにしては不釣り合いに思える軽い音とともに竹が割れた。

そのなかに入っていたのは。


「赤、ちゃん・・・?」


明らかに尋常ではない。絹のおくるみに包まれ、高価だと一目でわかる装飾品をその身に纏った赤ん坊。
竹の中から生まれた、子。


妖だろうか。人ではないことは確かだ。こんな、こんな得体のしれない・・・!

けれど、遙がとった行動は、そこから逃げることでも、その子を殺すことでもなく。


「名前、つけてあげなくちゃね」


赤ん坊を、抱き上げて連れ帰ることだった。


ずっとずっと、一人だった。夫がいなくなってから。
彼女には、愛する相手が必要だったのである―。



それから2,3日たって、彼女は赤子に名前をつけた。


「竹から生まれた、輝くばかりに美しい子」―「なよ竹のかぐや姫」。


彼女はやはり尋常の人ではなく、珍しい色素の薄い茶色の髪をしており、そして異常なまでに成長が早かった。
3ヶ月もするころにはすでに16,7歳の少女になり、さらにそこからはぴたりと成長が止まった。
髪もそれほど長くは伸びず、華奢な体つきをしていた。

が、何より尋常でなかったのは、その食欲である。

いっそ愕然とさせられた。
早く成長した影響なのかもしれないと密かに考えたこともあるが、それにしても面妖だ。
この人並み以上に細い体のいったい何処に、大の男20人分の食料が吸い込まれていくのか?
・・・竹取りだけでこの生計を立てていくのは無理なのではないか。

遙が真剣にそんな心配をしだしたころのことだ。


「あら、また・・・」


竹林の中に再び見つけた金色の竹。しかし、今度その中に入っていたのは、


「黄金・・・!!」


天の恵みか、はたまたかぐや姫を自分に託した者の餞別か。
何はともあれ、ありがたいことに変わりはない。
遙はそれを押し頂くようにして持ち帰り、少女に美しい着物を着せ、さまざまな習い事を学ばせるなど、
貴族同様の教養を身につけさせた。

黄金はそれからもしばしば見つかり、しがない竹採りであった桂木の家は次第に豊かになっていった。


けれど世間は急に増えた桂木家の少女に多大なる関心を寄せ、何処から嗅ぎつけたものか、
「竹から生まれた魔物」や「妖」と呼んでうわさした。


彼女が適齢期であることを知った貴族などが興味本位で彼女に結婚を申し入れることもあったが、
その場合、遙はその男とかぐや姫とを一緒に食事させた。・・・大抵の男は一発で逃げ帰る。
(それが世間の風評をますます煽り立て、「竹から生まれた妖」の名をよりいっそう知らしめる要因にもなったのだが・・・)
それでも帰らない男には、無理難題を吹っかけて追い払った。


なぜそこまでしてかぐや姫を結婚させなかったのか。
(おそらく、この子は、この地上に在るべき人ではない・・・)
必ずや、迎えが来る。その確信があった。

そのとき、この地上に、これ以上のしがらみを残させるわけにはいかない。
悲しむのは私一人で十分だ。
この子自身にも、悲しい想いなど、させたくない―。


今のところ姫は、どうやら興味の最優先に食事が来るらしく、やってくる数多の男たちにも関心を示す様子がない。
遙は内心、胸を撫でおろしていた。


―けれど、このとき既に、かぐや姫の運命は動き出していた。
彼女が決して誰とも結婚しようとしないことが彼女の神秘性を高めたがゆえに、さまざまな高位の貴族たちの間で
「なよ竹のかぐや姫」の名が囁かれるようになるまでにさほどの時はかからなかった。
そして皮肉にもその神秘性こそが数多の貴族を魅了し、やがてはそれが彼女の運命を大きく変えることとなる―。




To be continued.



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