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□第一章 臣【うだいじん・さだいじん】
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臣【うだいじん・さだいじん】
帰り来ぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕に匂ふ橘(式子内親王)

「はあ?かぐや姫ぇ?」 

いつもの様に「遊んでよぉ〜」とウザったくまとわりついてくる左大臣を追い払いながら苦手で仕方がない文書整理をしていると、
「い〜じゃん、かぐや姫じゃないんだし、ねぇ〜」
左大臣がそう言ったのだ。聞いたこともない単語だったので驚いて聞き返すと、


「えー吾代君、知らないのー?右大臣のくせにー」

「・・・てめぇなんか俺に文句があるのかコノヤロ」

「ふぐぅ〜」


相変わらずのそのつきたての餅のようなテカテカした顔は、どアップで見せられるとかーなーり、ウザい。
そういやこいつの名前も望月建雄で、もちづきたておつきたておもち・・・まあそんなことはどうでもいいんだが。


「何だその、かぐや姫、ってのは?」


「教えな〜い。吾代君が遊んでくれないから教えな〜い」

「こーのーヤーロー・・・てめぇ一応仮にも左大臣だろうが!
仕事全部右大臣に押し付けときやがって言えたセリフか、ああ?」

「・・・ふぐ・・・」


アッパーカットを食らわせてようやくおとなしくなった望月からあれこれ脅して聞き出すまでには、その後大体小1時間を要した。

・・・何しろ吾代は、本来貴族の出身ではない。
本当なら役人にすらなれるはずのない、平民の出なのである。
なぜそんな彼が最高機関たる太政官の2位である右大臣になどなっているのか。それは・・・
すべての元凶である一人の男の冷たく整った顔を思い出しかけて、慌てて首を振った。
半ば無理やりに思考を元に戻す。

・・・まあとにかく、他の貴族なら当然知っている、あるいは知っておかねばならない常識を知らない、ということが自分においては有り得るのだ。
今回の件もその類かもしれない。だとしたら、知っておいたほうがいい。

そう思ったのだが、


「・・・へ?竹から生まれた妖?」

「石作(いしつくり)の皇子とか車持(くらもち)の皇子、大伴(おおとも)の大納言や石上(いしのかみ)の中納言たちがみんなして求婚したらしいんだけど、
どの人もみんな無理難題を吹っかけられて追っ払われたらしいよ〜。
なんか、かぐや姫と一緒に食事するとこまでこぎつけた人もいたって言うんだけど、そうしたらそうしたで皆『化け物だ』って逃げ帰ってくるらしくてさぁ」

「・・・へぇ」


そりゃ確かに凄い。吾代は目を丸くした。

今望月が上げた面々は皆、高位と好色で名を馳せる人物たちだ。
その地位に物を言わせて、数多の美女たちと浮き名を流してきている。

たとえば石作と車持の二人は皇家の生まれであり、さらに先帝が存命のころに東宮の座を今の帝と争ったほどの実力を持っているし、
大伴、石上も貴族のなかでも「名門」と呼べるほどの家の生まれであり、かなりの地位を手にしている。

その全員に求婚されながら全員を袖にするとは、


「・・・何か理由でもあるのかねぇ?結婚できねぇ理由が」

「な〜んかねぇ、かぐや姫本人っていうより、お母さんが反対するらしいよ」

「それになんで一緒に食事するまでこぎつけておきながら諦めるんだ、求婚者も」

「そこまではわかんないけどね〜」


奇妙な話だが・・・


「ねぇ、もういいでしょ?遊んでよ〜吾代く〜ん」

「・・・いーかげんに学習しろやコラ」

「ふぐぅ・・・」

少し首を締め上げて大人しくさせる。忙しいんだこちとら、主にてめぇのせいで。
苦手で仕方ないこの仕事は、しかしこの山積みの紙類を見る限り、当分終わりそうにもない。


・・・『竹から生まれた妖』、ねぇ。


真実であるのならば、確かに興味深い話だが。






To be continued.




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