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□第三章 夜【めぐりあい】
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第三章 夜【めぐりあい】


月見れば千々にものこそかなしけれ我が身ひとつの秋にはあらねど(大江千里)


その夜、かぐや姫という名を持つ少女は、何故かどうしても寝付けずに寝具から身を起こしていた。
体は疲れているのに目ははっきりと冴え、どうにも眠れそうにない。
小さな窓から空を見ると、綺麗な満月がぽっかりと浮かんでいた。

こんな月の綺麗な晩は、何故かとても居心地が悪い。

お前はここにいてはいけないと、月に言われているような気がする。
ここはお前の在るべき場所ではない、と。

一度、戯れに母にそれを話したことがある。
彼女は形の上では笑い飛ばしてみせた。
けれど、その瞳の奥に宿っていた悲しみを見逃すほど、自分は馬鹿ではない。

そして、母は自分の出生について決して何も語ろうとしない。
寂しげな笑みを浮かべて、絶対に口を噤んでしまう。
―やはり、世間のうわさは真実なのだろうか。
「桂木の家の娘は魔物だ」「竹から生まれた妖だ」・・・「人ならざるものだ」と。

「あれ、おかしいな・・・」

月を見ていたら、まなじりを伝って、冷たいものが滑り落ちた。

悲しい、というのとは違う。たまらなく寂しかった。
この地上のどこにも彼女の居場所はないのだと、月は残酷に突きつける―




「泣いているのか。それは妙だな。貴様は泣くのではなく笑うべきだ」




―――え?




いきなり響いてきた声。知らない、それも男の。

誰?どこにいるの?

あわてて室内を見回す。誰の姿も見えない。それが余計に不安を煽る―



「仮にもこの我が輩が夜這いを掛けてやったのだぞ?喜ぶのが筋というものだろうが」



やはり、聞こえる!とっさに壁際に飛びすさって身構えた。
―母は自分への求婚者たちを皆断っているはずだ。もしこの男が彼らのうちの一人だとしたら―
実力行使に出るつもりか!?

「誰なの!?何をする気!?隠れていないで出てきなさい!!」

「貴様の目は節穴か?すでに貴様の正面にいるのだが」

え?

恐慌状態に陥った。
慌てて再び部屋中を見回す。どこだどこだどこにいる・・・

―見つけた!!


窓の外に、1人の男の顔が、逆さまになって、この部屋を覗き込んでいる!


「きゃぁっ・・・・・・」

上げかけた悲鳴は、しかし風のようにするりと部屋に入り込んできた男の手にふさがれた。
男の顔を見ようと目線を上にやるも、ちょうど雲の陰に隠れた月に邪魔されて、まったく何も見えない。

「黙れ、騒ぐな。声を上げたら・・・」

男の反対側の手が閃光のようにひらめいた・・・と思った瞬間、喉元に銀色の光るものが突きつけられた。
―懐剣、だろうか?
いつ取り出したのか、まったく見えなかった。

この男、何者だ―

「これが貴様の喉笛を貫くぞ」

「・・・・・・っ!!」

黙るしかない。
諦めて口を噤んだ少女の様子を見て、男はまたしてもひらめくような速さで刃物をしまった。
今度もまったく何も見えなかった。一体どこから取り出したのだろう?

「座れ」

有無を言わせぬ声音で男が言う。

少女は怒りと悔しさの混じったまなざしで、男を睨みつける。
どこ吹く風といった調子で、男は薄く笑った。

「しかし、嘆かわしいな。あの色魔どもが狂うのだからよほど美しいのかと思っていたら・・・
ただの貧相な小娘ではないか。趣味の悪いにも程がある」

・・・はあ!?

「ちょっとアンタそれどういう、」

「口を開いたらどうなるか先程言ったはずだが」

再び突きつけられた刃物。黙り込んだ少女を、いきなり男が抱え込んだ。
悲鳴を上げそうになるも、冷たい喉元の感触に抑えられる。

「ここでは話がしにくいのでな、出るぞ」

出るってどこへ、どうやって。

問うより先に、男が身軽に少女を抱えなおし、狭い窓に手を掛けてひらりと跳躍した。
音も立てずにそのまま屋敷の屋根の上に飛び乗る。
呆然としている少女を下ろして、自分はその隣に腰掛けた。

と、隠れていた月がようやく雲の間から顔を覗かせ、男の顔をくっきりと照らし出した。


その黒と金の髪を―その渦巻く緑の瞳を。


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