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□第四章 府【えふ】
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第四章 府【えふ】



人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける(紀貫之)



この国の中心たる京の都―その中でももっとも大切な場所は、やはり大内裏である。
この国の主たる帝の御座所であり、同時に数々の高位の貴族たちの官庁が占める場所であるからだ。
しかしその重要性ゆえに、数多の陰謀の張り巡らされる、血塗られた地でもあることは否めない。
その中で、国主帝を確実に守る重要な役割を果たすのは、太政官下の八省の内、軍政をつかさどる兵部省―
中でも「衛府(えふ)」と呼ばれる、皇居の護衛をつかさどる役所の仕事である。
今上帝、脳噛帝の代において、衛府は6つに分かれ、六衛府(ろくえふ)と総称される。

 近衛府(このえふ)―皇居や行幸の警備を担当する儀仗兵。
 衛門府(えもんふ)―皇居諸門の護衛、出入の許可、行幸の供奉などを管轄する。
 兵衛府(ひょうえふ)―左右両京内の巡検、兵衛の管理、天皇・内裏諸門の警護、朝儀の儀仗などを管轄する。
帝のもっとも近辺を警護する。

それぞれの府はさらに左右に分かれ、計6つとなる。

これら「衛府」は、基本的には兵部省の統率下に置かれ、その最高位たる兵部卿(ひょうぶのかみ)の指令によって動く。
衛府が実力を行使し、兵部省がそのための条件を整備する・・・と、言い換えてもよいだろう。
現在の兵部卿は、その名を笛吹直大という。貴族の高家の出身でありながら、なかなかの能吏として評価される男である。
今の世において、高位の貴族というものは大概ろくでもない親のすねかじりばかりであることを考えると、実際稀有な男であるといえよう。
もっとも、その高飛車な態度と高慢な口調が災いして、女性関係にはあまり恵まれない模様であるのが哀愁を誘う。
彼の後ろにいつも静かに控え、彼の補佐を勤めるのは、兵部輔(ひょうぶのすけ)筑紫耕平。
中流貴族の出身であり、笛吹の忠実な部下である。その堅実な正確と真面目さは、周囲の誰もが評価するところであった。

・・・そんな二人を前にして、笹塚衛士は苦笑を浮かべる。

「笹塚!!兵衛府督の分際で、兵部卿たる私を呼びつけるとは何事だ!!」

「いや・・・・・・別に呼んだの俺じゃないしね・・・」

「じゃあ誰だというんだ!!」

「俺だよ。なんか文句あっかこのチビ!!」

「ち、ち、ち・・・・・・・・・!!!」

怒りくるって、けれど何もいえない様子の笛吹。
それもそうだろう、身分にこだわるところのあるこの男にとって、「右大臣に文句を言う」ことは自分の品性を貶めることと同義のはずだ。
そして、相変わらず筑紫は何も言わない。無言でそこに控えている。

「とにかく!!俺はここに暇つぶしに来たわけじゃねーんだ!!
(あの化け物にろくでもねぇ仕事命令されちまってるし)、とっとと本題に入るぜ!!」

・・・間に何か小声で入った気がしたが、気のせいだろう。そう思うことにして、笹塚は溜め息を吐いた。
右大臣のほうへ向き直る。目線だけで用件を問うと、彼はすぐに意図を了解したらしく、急に真剣な表情になって語りだした。

「俺は、お前らにある調査を頼むためにここまで来た」

「ある、調査?」

笛吹が怪訝な顔で聞く。

「何のことだ?反乱貴族どもの取調べはもう終わったはずだぞ」

「そのことだが、実は、だな・・・」

それを聞いた笹塚は表情を引き締めた。何か不備があったとでもいうのだろうか。取り調べたのは自分だ。責任は自分にある。
しかし、右大臣―吾代が口にしたのは、想像よりさらに重大で、かつ、信じられない話だった・・・。


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