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□第五章 出【しゅつじ】
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第五章  出【しゅつじ】

いにしへのしづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな(伊勢物語)

奇妙ないきさつで、廊下を並んで歩く羽目になった笹塚と吾代。
もともとあまり親交があるとは言いがたく、会話をすることもほとんどない間柄である。
仕事上、互いに顔見知りではあるのだが、こうして並んで歩くのは初めてであった。

…つくづく思うがよー。コイツ、いつでも同じような調子だよな・・・。俺と温度差ありまくりなヤツだ。

左兵衛府督であり、無能な貴族ばかりが占める衛府において唯一その力を認められる男。
実際、有事において彼は彼の本来の権限を越えた仕事を任されることが多い。
先ほどの笛吹の発言にしてもそうだ。
右兵衛府を使うのは、本来右兵衛府督のみの持つ力であり、明らかにこの男の権限を越えている。
…それほどに現在の右兵衛府督が無能であり、同時にこの男の力が優れているということだ。

そのためか、六衛府において、もっともその力を認められかつ恐れられるのは彼の統率する兵衛府である。
帝の最近辺を警護する部隊であり強豪がそろうというだけは説明のできない実績を持つのも、おそらく、そのため。

ちらりと、あの化け物の姿が頭をよぎる。奴もこいつのことは評価してたからな、確かに優れた奴なんだろうが。

「しかし…」

知らず知らず、内心の疑問が言葉となってこぼれていたらしい。笹塚が足を止めて、怪訝な表情でこちらを見る。

ちっ…

「何でもねえよ」

ごまかすように軽く手を振る。納得した風情ではないものの、何も言わずに黙る笹塚。その様子を見て、つい、…口にしてしまった。

「あんたは…なんでおとなしく、あんな上司の下についてんだ…?」

なんともいえない表情をして、笹塚が立ち止まる。

吾代にしてみれば、当然の疑問である。笛吹とかいうあの兵部卿は、確かに優れた官吏だ。
しかし、明らかに笹塚に対してだけ、ほんのわずかに敵意をこめたまなざしをするのだ。他のものに向ける視線と、明らかに違うもの。
そんな理不尽な扱いに甘んじていられる理由がわからない―この男とて相当に優れた存在であるのに。

「あれは、俺の友人だよ」

へ…?

予想もしなかった答えが返ってきた。吾代は驚いて絶句する。

「あれは、俺の友人だ。ただ…」

「ただ、何だ…?」

「ただ、奴は兵部卿になり、俺は奴と違う力を欲して兵衛府督になった。それだけだ」

言葉にこめられた、予想以上に深い思いに、吾代はもはや、言うべき言葉を無くす。

* * * * *

妙なことを聞くものだな…笹塚は、この国の右大臣である男に対し、苦笑めいた笑みを浮かべる。
確かに、自分と笛吹の関係は、傍から見れば最悪以外の何者でもないだろう。
実際笛吹は笹塚に対していつも敵意を燃やした言葉使いをするし、時々それをうっとうしく思うのも事実だ。
しかし、ああ見えて笛吹はきちんと笹塚の能力を理解しており、その上で指示を出すのだ。いつも。
そして笹塚も、笛吹の能力には一定の信頼を置いている。
互いの能力を認め合ったもの同士。その意味において、自分と笛吹はやはり、「友人」であると、笹塚は考える。
―幼いころのような気軽な関係には、もう戻れないにせよ。

* * * * *

「衛士、衛士!お前どうして兵部省じゃなく衛府にいくなんて言い出すんだ!!」

「……」

答えられるはずもない。自分自身、よくわかっているわけではないのだから。
あえて言うなら…やはり、家族全員が何者かに惨殺された事件が関わっているのかもしれない。
自分は、人を管理する側の人間ではなく、管理する側に使われるべき刃になりたい。そう思うようになったのだ。

「俺は……」

「もういい!!お前がすべきことをしないで逃げるというのなら、もう俺とお前は友人なんかじゃない!勝手にしろ!!」

笛吹が去ったあと、自分は…いつものように無関心な表情を浮かべられていただろうか?
…正直、自信がないのが真実だ。

* * * * *

急に笹塚が黙り込んだため、あたりを気まずい沈黙が満たす。
吾代は落ち着かない心地ながらも、何も言えずに突っ立っていた。

…おい、何とか言えよ…!!俺が気まずいじゃねぇか…!!

この際何でもいいからこの沈黙を敗れる話題はないか。吾代が必死に脳内でセリフを考えていると、いきなり笹塚が沈黙を破った。

「それなら、あんたは・・・」

「へ?」

「あんたは、何で右大臣なんかになったんだ?」

「……」

そう来るかよ。吾代はなんと言っていいか思いつかず、苦虫を噛み潰したような表情になった。
そう来るかよ、おい。俺のもっとも答えにくいことを直で聞いてきやがって…!
しかし、話を切り出した自分の立場上、何らかの返答はせねばならないだろう。
吾代はとてつもなく深い溜め息をついて、「あの日」のことを思い起こした。


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