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□第七章 求【きゅうこん】
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第七章 求【きゅうこん】

嘆きつつ一人寝る夜のあくる間はいかに久しきものとかは知る(藤原道綱母)

嫌な予感は、そして的中することとなる。

長くて艶のある黒髪の女性が、優雅に私たちの前に座っている。
アカネ、と名乗る彼女は、尚侍(ないしのかみ)…
すなわち後宮十二司の一にして、帝のそば近くに使える役所、内侍司(ないしのつかさ)の一番上の人だ。

そして、彼女が言ったセリフ。

「私は、右大臣吾代忍様の名代として、姫ぎみに宮仕えをなさらないかとお話をしに参りました」

沈黙が、あたりを満たす。
蒼白な顔で、お母さんが尋ねた。

「宮仕え…と仰いましたか」

「はい」

まったく動じずに答える彼女。対照的に私たちは衝撃のあまりに紙のように白い顔色になっている。
特にお母さんは酷かった。全身が細かく震えていて…手のひらを血がにじむほど強く握りこんでいる。

「それは…この子への求婚、と解釈してもかまわないのでしょうか」

お母さんが、震える声で、しかしはっきりと、尋ねた。

「はい」


時が、止まるのを、感じた。


「カグヤ」

「…何、お母さん」

「あなたは…今は、下がっていなさい。いいわね」

「…うん…」

お母さんの怖いくらい真剣な表情を見て、私は黙ってその言葉に従った。
今はお母さんの言うとおりにしたほうがいいのだということも、解っていた。


宮仕え…
ぐるぐる回る頭の中で、その単語のみが響いて聞こえる。
宮仕え…帝のそば近くに使え、その身の回りの世話をする女官の一人となること。それは…事実上、帝からの求婚に、等しい。
実際、下々の中から帝が美しい娘を見出し、女官としてそばに置くことも数知れないのだ。

「……イヤ」

イヤ、だ。
宮仕えなんかしたら…帝と他の女官以外の誰とも会うことができなくなる。
お母さんとも、美和子さんとも、


ネウロ、とも。


あー…なんか私バカみたいだ。
本当に…バカみたい、だ…。

それ以上、こらえられなかった。私は口を押さえて、少しでも漏れる嗚咽を止めようとした。…できるわけが、なかったのだけれど。


「ネウロ…」


あんたは、今も、そのふてぶてしい笑みを浮かべて、誰かをあざ笑っているのだろうか。

* * * * *

「カグヤ…」

お母さんが、憔悴しきった表情で私を呼んだ。

「断りきれないかも…しれないわ」

頭が、真っ白に、なった。

「今度こそは…だめかもしれない。なんと言っても、相手は帝…雲の上の方。私ごとき平民には、拒否する権利さえない」

イヤ。
イヤ。

「断れるように…精一杯努力はしてみるけれど…覚悟はしておいて、カグヤ」

「いやぁぁぁぁああーーーーーっ!!」

お母さんが唖然としているのがわかる。でも、今の私にお母さんの前で取り繕えるだけの余裕はない…
駆け込むようにして自分の部屋に逃げ込み、既に月の昇っていた夜空を、涙に霞む視界で捉えた。

ほんの少しだけ欠けた月が、恨めしい。
月が一日で半分欠けるなら、よかったのに。

半月になるまで、一日しかいらないなら。あんたに会うのも、一日しか待たずに済んだのに・・・


ネウロ・・・・・・


To be continued.



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