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□第八章 歩【よるのおさんぽ】
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第八章 歩【よるのおさんぽ】

いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る(小野小町)

黒の狩衣に袖を通す。忍びで出かけるときは大概この衣装だ。
アカネにはすでに声を掛けておいた。そのまま、壁を蹴って夜の都へと飛び出す。

ここのところの日課だ。

夜の都には、数多くの危険と…そしてごくまれに、貴重な情報が転がっている。
さらにごくまれに、珍しいものを拾うこともある…今のところ、前例はひとつだけだが。雑用の顔を思い浮かべて、思わず笑いが漏れた。


そうこうしているうちに、…どうやら早速そのうちのひとつに行き当たったらしい。


「にーちゃん、こんな夜更けに何してんのー?」

「夜中に外に出るのは危ないよーって、母ちゃんに教わらなかったのかぁー?」

酒臭い体にごつい外見の男が2,3名・・・ありがちな展開だな。
我が輩はにっこりと笑って、明るく答えてやる。

「いやいや、いかにもな方々ですねー。古典的といいましょうか、ひねりも何もないじゃないですか。
もう少し、独創性といいますかなんと言いますか、そういった効果を考えたほうがいいのではないでしょうか?」

「ぁあん?てめぇ、何言って」

「お解りになれないのでしたら結構です、解らせて差し上げます♪」


1分もいらなかった。つくづく、うんざりさせられる。知能の低い生物め。吠えかかるなら吠えかかるで相手を見極めるがいい。
ろくな情報を持っているとも思えないウジムシどもめ…今日は他の用事があるのだ、貴様らに構っている暇はない。

右手を刃物から人間の手の形に戻して、我が輩はその路地をあとにした。


笹塚の部下の…確か、篚口、とかいう少年、あれはなかなか使えそうだが、あのような細作の活躍の場はあくまで潜入操作に限定される。
直接、裏の世界の者に話を聞くようなことはしないし、できないのだ。
我が輩にとって必要な闇の情報を手に入れるのにはやや不十分であると言わざるを得ない。
…まあ、衛府のものどもに期待するのはあくまで露払いであり、闇社会に関わることは本来やつらの管轄ではない。

まあ・・・笹塚自身はどうだか知らんが、な。

含み笑いを浮かべる。
我が輩の知る限り…奴の名は、どうやら裏の世界でも通用するようだ。
奴は家族が殺されて以来、持ちうるあらゆる力を欲したらしい。表の力だけに留まらず、裏の力までも…。

まあいい。それを承知の上で、逆にそうであるからこそ、我が輩は奴を目の届くところに置き、同時に奴の力を存分に使わせることができるのだ。


さあて。そろそろ本来の目的を叶えに行くか。
音も立てずに体を捌いて、手近な家の上に飛び乗る。手っ取り早く道のりを短縮できる手段としてはこれは非常に便利だ。
屋根の上を行くのだから、邪魔する物もないし邪魔する者も居ない。まあもっとも、常人には利用できぬ手段であろうが。
数々の屋根のなかから、目的の家の位置を割り出す。大きな屋敷なので探しやすいのがありがたいといえばありがたいな。
右足で屋根を蹴って、身を翻した。

下限の月の月明かりが淡く男の姿を闇夜に浮かび上がらせる。
黒更紗を被ってなお輝く男の緑の瞳は、悪戯な色を浮かべて笑んだ。




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