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□第九章 潔【せいれんけっぱく?】
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月をこそながめなれしか星の夜の深きあはれを今宵知りぬる(建礼門院大夫)
「久しいな、吾代くん。―いや違うか、右大臣殿」
「てめぇにそう呼ばれる日だけは絶対に来ねぇと俺は信じてたんだがな…」
こすれる音が響くほどに強く奥歯を噛みしめて吾代は呟いた。
仮にも表の住人となった以上、できればもう二度とこの男―ひいてはこの兄弟と顔を合わせたくなどなかったのだが。
「まあそう言うな。懐かしいじゃないか」
「…てめえに言われる筋合いはねぇよ」
都の外れの廃屋。空は暮れなずみ、漆黒の暗闇が都を覆う丑三つ時。
眉間に青筋を立て、あるいは張り付いたような笑顔を浮かべて対峙する二人の男。
そして後ろでその様子を冷めたまなざしで見やる若い男が一人。
早坂久宜、早坂幸宜。京の都の闇の世界を支配する、情報屋。
彼らの情報網は非常に広範囲にわたり、表の世界の人間のなかにも顧客は少なくないと聞く。
吾代自身、一度ならずこの兄弟の世話になったことがある。
―当然、間違っても、都の右大臣たる人間が関わるべき相手ではない。ない、のだが。
「それで?今回はどのような情報が欲しいのかな?」
わかった上であえて聞いてくる男の笑顔を殴りつけたい衝動に駆られつつも、吾代は必死に自分を抑える。
今ここでこの男―ひいてはこの男の弟とやりあうのは厄介だ。
今はそれよりも先にせねばならないことがある。
わざわざ危ない橋を辿ってまでこの兄弟と繋ぎをつけたのは、ひとえにそのためなのだから。
低い、抑えた声で短く呟く。
「石作、車持の両家について、知り得る限りの情報が欲しい」
男のにやにや笑いが濃くなった。
にたぁ、と効果音でも付きそうな厭らしい笑みだ。
わざとらしく首をひねって見せて、
「ふん、なかなかに難しいねぇ。
なにぶん身分の高い人というものは皆、やたらと秘密主義だ。
探るのにはそれなりの労力が要るんだよ…」
などと言ってよこす。
その口調にその笑みに、吾代は確信した。
明らかに久宜は何かを知っている。知った上であえて知らないふりをしている。
吾代の反応を見ているのだろう。
何のためか?―当然、それを情報として売るため、同時に相手を焦らしてより多くの報酬をふっかけるためだ。
いわゆるところの一石二鳥、というやつだろう。
忌々しい思いを隠しきれず、吾代は投げつけるように抱えてきた小箱を机の上に置いた。
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