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□第十章 暗【あんやく】
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玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

「…やっぱり、てめぇかよ」

現れた男の姿を見て、吾代は短くうなった。
男は例によって余裕たっぷりな薄笑いを浮かべたまま、「何か不満かい」とのたまう。

もう一度短く唸って頭を掻きまわした。
…不満ではない。むしろ望み以上の待遇だと言える。

あの早坂が、側近である弟をよこしたのだ。この件を重く見ている証である。

「気にいらねぇな…」

「何が?」

てめぇのその薄笑いがだよ、とよほど言ってやりたいが堪える。
今事を起こしてどうする。

「んで?てめぇが案内役か?ユキ」

「ご名答」

気取ったしぐさで男が一礼する。
…これは兄の真似だな。
内心苦笑いするも、無言で立ち上がって男の隣に並ぶ。

「で?どこまでついて行けばいい?」

「案内するよ。―場所を言うのは禁じられてるんでね」

冷たく整った顔がわずかに強張るのがわかった。
緊張、しているのだろうか。―らしくもないことだ。

…ふと、こちらの表情を読んだらしい男が苦笑いする。

「らしくもない、って?」

―手前はサトリか…まあ、そうだな。でも、俺もそこまで無能じゃねえよ。

「それだけ危険な相手だ、ってことだろ?」

「―ああ。あんたにとっては尚…な」

ユキの声が少し引きつったような気がした。
あんたにとっては尚、という言葉の部分で。

今の吾代の大臣という身分を隠喩したのか、あるいはそれ以上の意味があるのか―
どのみち、行けばわかること。行くよりほかにはないのだ。

築地塀の角から牛車が現れ、黒装束をまとった御者が御簾を巻き上げ乗るよう促した。
あえて牛車を使わせるのは、道を覚えさせないためか―場所を言うのを禁じられているというのは真実のようだ。

もう一度、男がわざとらしく一礼した。

「それでは。―どうぞおいでくださいませ、右大臣どの?」

「手前にその名で呼ばれるのは妙な気分だがな」

口元を凶暴に釣り上げ、不敵に胸を張ってみせた。


かたり、と乾いた音をたてて牛車が回りはじめる。

隣に乗り込んだユキは油断なく得物に手を置いている。
つばの上に二尺ほど抜き身の刀身が見えた。妙な真似をすればすぐさま斬る気なのだろう。
無論大人しく斬られる吾代ではないが、多勢に無勢ということもある。

―自分の読みが正しいことを信じるしかない。


向かう先に待つものが災厄であれ役であれ、利用しぬいてみせよう。


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