□水底の夢(神ミラ)
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【水底の夢】

昔々、あるところに、一人の大富豪が住んで居ました…
彼は溺愛する娘と二人、それは幸せに暮らしていました。



棺の中、花に囲まれて眠る彼女。
重たい団服を脱いで、白いドレスを身に纏い、硬く瞼閉ざして。

「み、らんだ…っ」

彼女の死を知るのは、自分達だけ。

これから彼女の身体は焼かれ、灰になり、遺品は全て没収される。
全ては、AKUMAを作らない為だけに。

彼女が存在していたことを知るのは、自分達だけ。

「みらんだ…みらんだっ!!…ごめんねぇぇっ…私が、貴女を連れて来たからっ…」

少女は未だに泣きじゃくり、傍らに佇む少年もまた、沈痛な表情を隠せない。

「…それを言うなら、僕も同罪です…リナリー…」

「だって…だって!!」

二人があまりに痛々しく泣くから、思わず声を掛けた。

「け、けど、綺麗…じゃんか。身体が欠けたり、遺体が見付からないよりは…その…」

不謹慎な気がして、口ごもった俺に、二人が漸く顔を上げる。

「…そう、よね。好きな人の前で酷い姿を晒すより……神田は?」

「え?あ、あれ?…居ない…」

けれど、肝心の彼女の恋人の姿は、無く。

「…ユウも、辛いんかな。」

「で、でも!…ちゃんと見届けて欲しいよ。ミランダと、お別れなのに…」

「そうですよ…幾ら、辛いからって…」

「…わかった。俺、呼んで来るさ。」

彼女により深く関わった二人を、ここから引き離すのが忍びなくて、俺は彼を呼びに走った。



大富豪には、ある趣味がありました…



ちゃぷ、と揺れる水音。

「ユウ?…お前、何やって…」

彼の手に、透明なグラス。

サイドテーブルには杏が半分程、詰まった瓶。
よくよく見れば、瓶には水がいっぱいに満たされて。

「…杏酒?」

酒に弱い筈の友人が、こんな日に…否、こんな日だからこそ、か?

「…素面で居られないってのは判るけど。ミランダにお別れ、言ってやったらどうなんさ?」

嫌な役目を引き受けたものだ。
内心、そう思いつつ告げた。

が、彼は意に介した様子も無く、瓶の中身をグラスに注ぐ。

「ユウ!」

「…あいつ、酒が好きだったな。」

「……ッ」

あいつ、とは言う間でも無く、ミランダのことだろう。

「…それ、ミランダの為に作ったんさ?」

そういえば、彼の国では様々な果物を酒に漬け込んで、薄めて飲む習慣があった。

そう思って問えば、彼は微かに口許を歪めた。

「ああ…あいつと一緒に、作った。」

「…そうなんか。けど!」

「別れなんざ、言わねェ。」

「………。」

「あいつは、俺と共に在る。…わかったら、もう行け。」

「…ああ。」

それ以上は何も言えず、俺は彼の部屋を後にした。



大富豪は、お酒が大好きで、世界中のお酒を集めては、親しい仲間に振る舞っていました。



リナリーとアレンに、どう説明しようか…
そんなことを思いつつ、元来た道を辿る。
そんな俺の耳に届いた…絶叫。

「きゃあぁあぁぁあ!!!」

「り、リナリー!!落ち着いて…うぐッ…」

「お、おい!リナリー!?ウォーカー!?だ、誰か…医療班を!!」

只事とは思えない様子に、俺は駆け出した。



ある日、大富豪は、世界一の素晴らしいお酒を見付けたと言って、仲間達を招待しました。



「ど、どうしたん!?何があったんさ!?アレン!リナリー!!」

「み、みら…ひっ…ひぅっ…」

「みら、んだ、さんが…ウグ…ウ…」

怯えて声も出ない様子のリナリーと、吐き気を催したのか、口許を抑えて床に蹲るアレンを押し退け、俺は棺を覗き込んだ。

どういう経過によってか、開かれた瞼。
否、よくよく見れば、閉ざされたままのもう一方も、不自然な感じに窪んでいることから、科学班の誰かが不審に思ってやったのか?
けれど、今はそんなこと、どうでも良い。

問題は…

その瞼の中に…

在るべき筈の………



大富豪が得意げに、覆いを外しました。
けれど、そこにあったのは、酒瓶ではなく、酒の満たされた巨大な水槽…そして、



「ま、まさか…」

「だ、誰が、こんな…ラビ?」

「まさか……」


…あいつと一緒に、作った…


「どうしたんですか?ラビ!?」

「まさか!!」


…あいつは、俺と共に在る…



仲間達は、驚愕しました。
水槽の中、揺れる酒に舞い泳ぐのは、愛らしい少女の首。
私が何よりも愛する、娘と酒…どうです?これ以上に素晴らしい酒は、何処にもありはしません。
大富豪だけが、嬉しそうに微笑んでいましたとさ。



橙 黄色 緑…
色鮮やかな杏たち

瓶の中身は、本当に、それだけ?
それとも…
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