捧げ物

□TRIANGLER(神→ミラ←アレ)
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【TRIANGLER】

何故、あの時ベルリーニへ行ったのが、自分では無かったのだろう。
何故、彼女を見出したのが自分では無かったのだろう。
何故、彼女の信頼を得たのが自分では無いのだろう。

…否、自分の性格では、どのみち怯えさせてしまうだけ。
例え過去を捩じ曲げたところで、今以上の今は有り得ない。


「見て下さい、ミランダさん!」

「まあ…綺麗…!」

モヤシが掲げるティーポットの中には、ハーブティー。
黄金色の水の中、満開の花がユラユラと揺れている。

自分には、あんな気の利いたことなど、出来やしない。
そもそも、日本茶以外の知識すら、有りはしない。

「そうだわ、丁度、美味しいハーブクッキーがあるのよ。」

「じゃあ、今日のティータイムはハーブ尽くしですね!」

「ふふ…そうね。」

自分には、彼女と同じ楽しみを分かち合うことすら、出来ない。
どんなに取り繕ったところで、甘い物を目にすれば顔が強張る。
匂いなど嗅いだ日には、吐き気を抑えられない。

何故、自分はこんなにも、彼女と違うのだろう。
何故、彼女はこんなにも、遠い存在なのだろう。



何故、僕は彼女より10も年下で。
何故、彼は神田『さん』なのに僕はアレン『君』で。
子供扱いされてるとしか思えない状況に、胸が痛んだ。

年齢が、身長が、もっとあれば良いのに…心から、そう思った。

「ミランダさん!」

ぽふ、と見慣れた後ろ姿に飛び付き、抱き締める。

「あら、なぁに?アレン君。」

例えばラビが同じことをしたら、真っ赤になって慌てるくせに。
平然と振り向いた彼女が僕に向けるのは、信頼…それだけしか無い。

「実は、変わったお茶が…」

手に入ったんです、と続けようとして、気付く。
まるで突き刺さるような、強い視線に。

また、彼女を見ているんですか?
さり気無く周囲に視線巡らせば、一つ先の曲がり角に揺れる、長い髪。

「見て下さい、ミランダさん!」

気付かぬ素振りでティーポットを掲げる。

「まあ…綺麗…!」

うっとりと微笑む彼女に、優越感を覚える。

貴方に、こんな気遣いが出来ますか?
貴方に、こんな芸当が出来ますか?

ちら、と横目で見やれば、悔しそうに歯噛みする姿。

胸がすく思いがして、直後、そんな子供な自分に嫌気がさす。
けれど…

「そうだわ、丁度、美味しいハーブクッキーがあるのよ。」

「じゃあ、今日のティータイムはハーブ尽くしですね!」

「ふふ…そうね。」

来ないで、彼女に近付かないで、あっちへ行って。

甘い物は、嫌いでしょう?

わかっていても、止めることが出来ない。
彼女は、譲れない。



殴り付けた壁。
ごつごつとした石のそれは、容赦無く拳の表面を抉り、うっすらと血を滲ませた。

まるで涙のようだと思った。
ぼうっと見ていると、横合いから伸びて来た手が、そっと拳を包む。
じわり、白い肌を己が血が染める。

「っ!?」

驚いて見やれば、心配そうに顔歪ませるミランダの姿。
傍の床に茶器。

「怪我、したの?」

「お前にゃ関係ねェだろ。」

どうしても思い出される、先の光景。
嗚呼、折角、彼女から接してくれたというのに。

「モヤシと約束があるんじゃねェのか?」

「ええ…だから、準備をしていたのよ。そしたら神田さんが、」

「なら、さっさと行け。」

「神田さんと医務室に行ってから、行くわ。」

「いらねェよ!」

「駄目よ!黴菌が入ったらどうするの?」

「俺はガキか!?」

「そうよ。7つも年下でしょう?」

「って、おい…」

よもや即答されるとは思わず、瞳見開いた瞬間に、腕を掴まれる。

「ほら、行きましょう。」

「……何処を、治すってんだ?」

「何処って…あ、あら?」

やり取りの間、完治した傷。
呆然と立ち尽くす彼女から、腕を奪い返す。

「俺は、こういう体質なんだよ。」

まるで、化け物のような。
便利だと思っていた肉体に、初めて劣等感を抱いた。
同時に、彼女に対して、初めて恐怖を抱いた。

怯えられるのではないか。
忌まれるのではないか。
蔑まれるのではないか。

けれど…

「それでも、身体は大切にしてね?」

彼女は、いつも通り心配そうにそう告げて。

「治るのが早いからって、痛くないわけじゃ無いんでしょう?」

そんな彼女を、心から欲しいと思った。
だから…

「神田、さん?」

茶器を拾い上げて立ち去ろうとした彼女を、思わず引き止めてしまったのは、仕方の無いことで。
自分でも無意識の行動に、困惑する彼女に何も答えることが出来ず、ただただ立ち尽くす。
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