灯火

□1
2ページ/4ページ

部屋に一人きりとなった少年は、生温くなってしまった茶に口を付け一気に飲み干すと、疲れたようにふうと溜め息を零す。

なんとなく、空になった器を指先でつんとつついた。外から蝉の鳴き声がひっきりなしに侵入する。



「全く、私の部下にはロクなのがいませんよ。まさかあんな案が湧く頭だったとは」



少年の名を、周紅磨(シュウ・コウマ)という。

紅磨は周瑜の従兄弟で、幼い頃から彼に学を教わっていた為、優れた知を持つ若者へと成長した。

お蔭で今では未来の孫呉を担う逸材とまで言われ、若いながら重大な政にも度々参加しており、孫堅や重臣らから篤く信頼されている。

とはいえ高慢な態度で誰に対しても遠慮せずズバズバっと言ってのける性格の為、反感を買いやすく、皆から慕われているという訳ではないが。

それなのに何故重用されるかというと、紅磨の豊富な知識と周瑜の推挙は勿論の事、不正を許さず民を蔑ろにしないという、何者にも屈する事のない信念と己が培った正義を偏に貫いているからだろう。

口が悪く本心を隠してしまう為、理解してくれる者は少ないが。



「そろそろ、凌統さんが来る頃ですね……」



凌統は紅磨を理解し、紅磨が心を許している数少ない人物の一人であった。

今日は凌統と城下町にある孤児院へ視察に行く約束をしており、紅磨は必要な筆や紙などを風呂敷に入れ準備を整えた。

そして、ゆっくりと席を立った時だった。

特に机に振動が伝わった訳でもないのに、空になった茶器が倒れそのまま転がり、ついに床にころりと落ちてしまった。器は衝撃でパリンと高い音を出して割れ、小さな破片が足元にまで飛び、見事バラバラに散らばる。


これから出掛けるというのに、なんと不吉な前触れか。


紅磨は砕けた茶器を見つめ、やがて苦々しく顔を歪めた。




次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ