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□我が身は浮舟
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我が身は浮舟
外は秋の色が日増しに濃くなってきていた。空気は澄み、川はさらさらと流れ、風は私の頬を撫でる。
幼い頃から習慣となっている早朝の散歩。
野を、川辺を、時に獣道を。そこにある命を感じながら、ゆっくりと歩くのが好きだった。
そして己が解放されたかのような感覚に陥る事が出来、その快感に悦る。
「随分と楽しそうだな、圭紀」
「っ、……仲達様でしたか」
心の臓が落ち着かないまま振り向くと、不機嫌な顔をした仲達様が立っていた。
三つ年下の仲達様と恋仲となって、半年が過ぎた。
曹丕様の使用人であった私が、仲達様と愛し合うなどもっての他だった。
当然大問題となったが互いに諦められず、仲達様は魏から抜ける事まで考えて下さった。仲達様と私の想いは本気だと知った曹丕様は、父君であり魏王である曹操様を説得し、ついに私達は御許しを頂けた。
沢山の人を傷付け、公認となったあの日。
懐かしさと切なさで、今でも胸が締まる思いだ。
「心の臓が止まるかと思いましたよ。あまり意地悪しないで下さい」
にっこり笑えば、仲達様がそっぽを向いた。頬がほんのり赤く染まっている。恥ずかしがるような事をしたつもりは無いのだが。
私は仲達様の隣りに移動し、お早う御座いますと挨拶をした。やはり仲達様はこちらを見てくれず、さっさと足早に歩き出してしまう。
「何をしているっ。……行くぞ、散歩の途中だろう」
そう言って、顔を背けたまま手を差し出す。
「くす。はい、仲達様」
私は走ってその手を取った。
本当、こういう所は可愛らしい方です。