よろず小説

□TABLETENNIS
1ページ/2ページ

「寝るか食べるかって、そこまでじゃないでしょう?たまには三人だって休み時間に起きてるし、体育行くときは一緒だよね」


マネージャーの篠岡さんは、オレより頭二つ低い場所からそう言った。


女子は話をする生き物で、口を動かしていないと死んでしまう。
うちの家族から学んだ事だ。

たまには黙ってメシ食いたいのに、「お兄ちゃんも何か言ったらどうなの」「いつもムスッとして、かわいくない」とかなんとか言われる。


オレ、篠岡さんは違うと思ってたんだけど、やっぱ三十年経つとうちのババアみたいになるのだろうか。






「‥だから、オレはゆっくりと『今日は何を食べた』って言ったんだよ。
あいつ、とりあえず『ゴメンナサイ』って言うじゃん。それもイラッとくるけど‥でもそれは何かやばいもの食ったらおこらえると思ってるからだって田島からきーてっからガマン出来るんだよ。
だけど今度は『何も食べてない』だぜ?!
どんだけオレをムカつかせるんだよ!」


体育館履きが入らず、何度もつま先をたたき付ける捕手。

オレは何となく、女子には伝えらんねーなと思っていた。


「あー」
「うんー」

「どう思うか聞いてんだよ。生返事やめてほしいんだけど」

中間テスト前の勉強会でわかったんだが、オレから阿部に教えることはなにもなかった。オレは英語に自信あったんだけども、阿部は野球の為にランク下げたくさいトコがあって、実は浦和一高とか行けたんじゃないかと思う。

そうなるとオレの自信なんかゼロに近い。


西広先生が「先生」なのはオレが先生から成績をきけただけの事。

同クラの阿部からは成績も何も、

篠岡さんに伝えられるような事は一つもきけやしない。


「あのさー」
衿つきは着てくんなと教師から言われてるのに、水谷はピンク色のポロを体操着にしている。

「阿部はどうして三橋に毎日献立聞かなきゃいけないわけ?」


うわっ。


ところが阿部は、水谷の直球を受け止めてしばらく考え込んでしまった。
「だってさ‥野球以外の話題したことねぇから考えないとマズいだろ」

ひやひやした。ピンクに深緑の短パン、絶対オレなら着けない組み合わせのレフトは、たまに話をヘンな所から切り出す。


「なんでさー。野球の付き合いなんだから野球の事話しとけばいいじゃん。阿部がそんなに困ってんならさー」

「おい水谷、やめとけって」小声で言ってみたが、届かないようだ。

「だって、オレだって野球で気の合わない奴くらいいたよ。それでも部活だけの関係なんだからさあ。そうじゃないの」

「オメーは外野だから‥」

「ああ、モモカンかあ。言うこと気にしすぎだって」
水谷は体育館履きの靴紐を結び直した。蛍光色だったりする。


縦結びになるのを何度も繰り返しながら、
「つーか阿部って三橋に何がしたいの」


捕手の頬がこわばる。オレは水谷の肩を叩いた。
「水谷、そろそろ卓球行こうや」
「でもさ花井。前から分かんないんだよ。阿部にとってみたら三橋ってホントはどうでもいいんでしょ?だから困ってるんでしょ、場つなぎの話題に」

「そんなこと、ねえ!!」
阿部は何かあれば大声で掻き消す癖があり、他の連中がこちらを見た。

「水谷、くだんねえ事言ってねぇでもっと素振り増やせよな。てめぇの手の平見てっとイラつくんだよ」
そして捕手はバレーボールのグループに合流していった。



卓球は楽だ。人数の割に台が少ないから順番待ちが長い。

「おっまえ、いつもクソミソ言われてんのにヘーキで阿部に言うよな」

部活まで出来るだけ体力を回復させたいから、壁にもたれているオレら。しかし卓球やってるヤツもテキトウで、埼京線の駅名を言いながら打ち返している。


「平気だよ。バカだと思われてるし事実だし」
タコひとつないありえない手の平でラケットを弄び笑っている。

「つかさ、阿部はオレだろうが花井だろうが、篠岡さんだろうが‥あと三橋も同じような気がするんだよね」

「あーそれは分かる」
篠岡さんが同中だと気づかねえあたりが信じられなかったからな。


水谷は体育座りの膝に顔をのせた。「オレさ、今だから言えるけどもし中学で三橋と一緒だったらいじめてたと思うんだよね。三星の人たちの事わかんなくないよ。
花井は違うと思うけど」
「えっ?あ‥そうかな」

顔が熱くなるのをむこう向いて隠した。
こいつ、自分が不利になるような事でもあけすけに言うんだよな。


そしてラケットでピンポン玉を垂直にはじきだした。「今は高校だしさ、三橋はよくやってるって分かるから。だから打席とか三橋が有利になるようお膳立てしたいと思うよ。でも他のトコが手ぇつけられないじゃん。今の野球部みんなやさしーからいいけど、一人でもほら、サッカーの井上みたいなヤツいたら大変だったんじゃないかな。オレも井上には逆らえないし」


正確なリズムが刻まれる。いつもはテキトーに寝たりしてるのに、今日は目が冴える。


「でも阿部はイジメを目の当たりにしても平気だろうし、自分にソンとか、うるさくない限りはスルーだろうなって」
「‥そうかもな」
オレは頭に巻いたタオルを締め直した。

「だから、オレにはわかんないんだよ。いくらバッテリーでも、そこまで気にしなきゃいけないのかな、阿部は‥あっ」
はじき損じて玉が飛んでいこうとする。すんでの所で水谷は腕を伸ばし掴み取った。「やばいやばい‥」

やばい部分が違う。
「おい待てよ、それは勝ちたいからだろ。水谷お前おかしいよ」

しかし今日英語でボケかました男は首を傾げた。
「なんでさ。目的のないことはやっても意味がないじゃん。阿部は三橋と仲良くなりたいわけでもないのに、ムリに話そうとしてるからおかしいんだよ」

「え」
「勝ちたいのは分かるけど、生理的にムリなら仲良くしないでもどうにか出来るんじゃないの」

「水谷、そういうことじゃねぇだろ」
オレは壁から背中をはがした。

「阿部だって必死なんだろ。これから三年いやがおうでもバッテリーなんだ。あいつがいくら他人に興味ないからって、そこまでは割り切れんのちゃう」

すると水谷は眉を寄せた。地毛だと言い張る明るい茶髪を掻き回す。

「うーん、待ってオレ頭ワルイからわかんない」
「今イロイロお前にしちゃ頭イイ事言ってんのにどうしてそこが分かんねんだよ。あいつだってナントカしたいんだろ」

「いやあ〜」オレに揺さぶられながら床に手をつく。

「なんかヘンだよ花井。それヘンだよ。
だってさ、オレは何かしたいと思ったらどうするか考えるし、何か欲しいと思ったら稼ぐなりねだるなりするけど、阿部って何もしないというか、三橋となんで仲良くしなきゃいけないのか、モモカンに言われててもピンときてないし、自分でわかってないじゃん」

プラスチック質の軽い音が辺りで跳ね返っている。ラリーが速くなれば、雨の音に近い。


「周りがウルサイから渋々やってるだけ、それならやらないほうが阿部的には効率いいんじゃないかと思うんだけど。人間的じゃないとかあったかさがないとか思うかもしれないけど、やる気ないなら三橋に失礼だしね」


そうか。

あいつ、見えてないんだな‥



うちの体育館は半2階構造になっていて、卓球場から見下ろせば二面のコートが見える。
オレは立ち上がり、手すりにもたれた。バレーボールとバスケットボールが飛んでいた。

阿部を見つけるのは簡単だった。でかい声でチームにダメ出ししているから。


(あいつ、何でもできるからな)

今はケガして休んでいるが、野球以外の競技もこなせるし、成績もいい。クラスでは喋らないから女子に人気ある。目がきついから井上もガタガタ言わない。
チャリンコはイロイロパーツを選べるタイプの高いヤツだし、そういえば親は社長で、この前来てたけど野球大好きっぽくて気前よかったもんな。
うちの父親とは大違いだ。


水谷も並んだ。「阿部、相変わらずやっかましいね」

「あいつさ、ずーっと何かしたいとか何か欲しいとか思ったことないかもな」

「勝ちたいってのはオレらと同じくらい思ってるんだろうけどね。
花井にしちゃすごいこと言うね」

「しょうがねえだろあいつウザイし」

あははやばいよ、と軽く笑ってから水谷はコートをまぶしそうに見た。


「水谷も勝手に限界作ってんじゃねーぞ」
「花井もね。オレとは限界のレベル違うかもだけど」


たそがれてんじゃねーよと井上に言われるまで、バレーボールの行方を追っていた。



まだなんにも、

なあんにも欲しがってないのだ、オレらは。



「でも言うなよ」
「わかってるよ、阿部にウザイとかやばいし」






篠岡さんはオレと二人っきりになるとやはり尋ねる。

「今日は学食だったみたいだね。何かおいしそうなのあった?」

オレはあれこれ多種のメニューを並べ立てた。

「ちっとも満腹になんないんだよねちっとも」


それだけ言って笑った。


〜END〜

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ