よろず小説

□殺したい。
2ページ/5ページ



奴の身体が山なりにしなった。

けれど何も言わない。

続けて全身を、敏感な部分をよけてすべて洗いあげるように舐める。


奴の顔は枕に消えている。
むず痒そうに身体を波打たせる癖に。


上半身を起こし、息を整える。髪から滴り落ちそうになる汗を両手で拭う。

舌が右肩に差し掛かったところでスイッチが入ったように体温が上がってた。

胸を渡って左肩へたどり着くと、肌から塩っぽさを感じた。



―これで、いいんだよな?

「山ちゃん」

布団に手をついて覆いかぶさる。「いいの?オレばっかなんだけど」


オレを触れば慌てて手を離すだろう。
オレを舐めればもっと塩辛いだろう。

舌で味わったのは塩分だけじゃない。細いけど硬い身体。やたらと筋肉太りしてしまった野球小僧ならではの下肢。

筋肉の軌跡をなぞるだけで体中の血が巡り、ざわつく。

「山ちゃん?」

言葉は相変わらず返らない。

まさか眠ったんじゃないだろうな。照明に細かく反射する髪に触れる。

「‥いいから」

枕にうずもれたまま、くぐもった声が聞こえた。

「いいから、続けてくれる?」

ふてくされているのか、興味を示しているのか。

顔も声も何も見えない。

畳糸みたいに丈夫で太い髪の一本一本を何度も撫でて、迷った。

しばらく迷った。


首を振る。

だめだ、何かを考えるな。

オレが求めるな。


全て断ち切って片耳を滑らかな胸に置く。

静かにリズムが聞こえる。








一年が一人辞めた。

廊下で出くわし、相手は足を止める。

「よお」
部活もなにも関係ないだろ。オレは手を軽く上げた。

けれどオレには目もくれず、俯いて走って行ってしまった。

やり場のない手。仕方なく頭にあてがうと、

「オレのせいなんだよねえ」

隣にいたあいつが一年の背中を見ていた。



こっちを見た。

「迅、いんじゃん」

「ああ、今年のルーキー枠」

「あの子、迅のロッカー蹴飛ばしてたんだよね」

まあ、そんなこともあるわな。

でね、とあいつが続ける。
「‥オレね、あの子を呼んで自分のロッカーの前に立たせたの。『オレもレギュラー確実だから蹴っていいよ』って」

頭を掻き回した。
「蹴ったの?」

「蹴らなかったねぇ。だから言ってあげたのよ。オレが三年だから?迅ならどうにか出来ると思ったから?オレは怖くて、迅は平気?君が怒りをぶつけるならレギュラー全員のロッカーを蹴っていくべきだ。そのくらいの気概がなければのし上がろうと思ったって最初から負けてるんだよって」

言い切って一息つき、ネクタイを少し緩めたようだった。
オレは肩を叩いて笑って見せる。

「きっついねえ山ちゃん。ホトケのような顔して」

だけどすこしも笑わなかった。

「ここでいうなら神様なんだけどね。‥思ったことを言ったまでだよ。まさか辞めるとは思わなかったけどね。結局、オレがいけない子になっちゃった」

まちがってたかなあ。


こっちを見ているわけじゃなかった。オレは出っ張り気味の鼻をかいて「イヤ何とも」と答えるしかなかった。

「困ったねぇ、慎吾は。怖い目をしてるのに誰にも優しいんだから」

「あっちもやるこたやってんだからそれ以上も以下もないだろ」


すっと、細い目だけがこちらを向いた。そしてまた戻した。

「神様みたいな広い心なんて信じてないんだよね。6年朝の礼拝をしてもね、分からないよ。先に気持ちが働くの。いつもは抑えられるけど、たまに堪えられなくなるよ」

踵を返す。音もなく歩いてそのまま、

溶けたように消えてしまった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ