よろず小説
□Devil's Food Cake
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寝返りを打とうとして身体をねじる泉の横を擦り抜ける。「お前ら寝るしかないのかよ。ま、寝る子は育つか?」
うっせえ、と舌打ちしながら、
「でも田島に教えっとうるさそー‥」
168センチの小柄な1番が小指で耳をほじくった。
出て来たものをふっと息で飛ばすと、起き上がってこちらをじろりと見る。
「見せもんじゃねぇからジロジロ見んな」
「だったら人の前で耳ほじらないでくださーい」
返事を聞いてしばらく考えたようだ。泉は鼻をいじり始めた。「いてっ」
鼻毛抜くなよ。
無理しやがって。
野球部が思いの外勝ち進んだもんだから二学期の始めは少し面倒だったようだ。
田島は慣れてるみたいで(そこが意外)うまくあしらえていたし、三橋はあの調子。
すると泉に視線が集中してしまう。あいまいな返事をしてしまってすれ違いが生じ、女の子に泣かれて頭を抱えていた。
「高校入った時は野球やるから諦めてたけど、今はマジで女がウゼエ‥」
今の泉には、自分の範囲内で身を守ることしか出来ない。
不器用だ。
コンロにやかんを置いて火をかける。古いもんだからスイッチをひねって火がつくまでガチガチ変な音が続いた。
「何か入れてくれんだ。自販機近いのに」
手を洗って泉はまた席につく。
「もう12月になるし、お前もあったかいの飲みたいでしょ」
再び寝る体制に入っていたが、やかんが熱に震えるにつれて、頬杖をつきそれを見守る。
今口を開けば「ウゼエ、おせっかい」としか出てこないだろうけど、『火を付けてコップを用意して飲み物を作る』という行動をウザイとは思ってないはず。
真ん丸で黒目がちの瞳がやかんに注がれている。
オレはそれだけで充分。
兄貴に手を引っ張られてみそっかすとして仲間に入って来た遥か昔のこと。