この心を伝える術(すべ)はなく

□赦せぬ心の行く先は(仮)
1ページ/8ページ

「なぜ笑って許せる? 本当に分かっているのか? お前は一度殺されているんだぞ、琥珀(こはく)!」

 室内に一つの怒号が響いた。

 邸中を揺るがすのではないかと思えるほどの怒気をはらんだその声に庭木で羽を休めていた小鳥達ですらも怯えて飛び去っていった。

 空を閉ざす分厚い黒雲せいで昼間だと言うのに外は夕刻のように薄暗いい。僅かな雲の切れ目からは微かに光が射しているがやはり室内は暗く、灯籠の薄明かりだけが部屋の中を照らしている。

 声を荒げていたのは長い黒髪を胸に流すようにして束ねた青年だった。

 成人男性の平気的な身長を遥かに越える長身。細身ではあるががっしりとした体型から彼が武術を修める者であろうことが予想できる。

 顔立ちは人の世の者とは思えないほどに整っている。その左頬にはまるで彼が氷や雪に関わることを示すかのように六花に似た空色の模様が一つ。しかし、実際に彼がそのような存在なのかと問われれば答えは否である。

 人外の存在であることは間違いないのだが。

 そして対峙する位置に座っているのはやや色が薄く茶色がかった髪と瞳の少年。

 歳の頃は十八、九と言ったところだろうか。顔立ちからはまだ幼さが抜けきっていない。

 困った、とでも言うかのように目尻を下げて目を細め微笑む少年の表情と仕種は年齢不相応にひどく大人びていて、多くを悟っているかのようなその様子がどこかちぐはぐとした不思議な印象を与える。

 それもそのはず。彼、源琥珀(みなもとのこはく)は幾多もの出会いと別れ、幾重もの生と死を経験した特異な存在なのだ。

 その瞳は唯人の目には映らぬ人外のものを捉え、その耳は人ならざる者達の声を聞く。何度生を繰り返そうとそれだけは変わらなかった。

「分かっているさ。それはわたしが1番よく、分かっている。しかし、それは不可抗力であって彼が――彼らが意図したことじゃないから。それに私は自分の意思で〈鎖〉を断ったんだ。無理矢理に鎖を断てばどうなるか解っていて」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ