□高宮学園の日常
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熱い、ひたすらに熱い筈なのに体の芯は冷え切っていて嫌な寒さが全身を覆う。
辛くて泣き叫ぶ事も出来ずにいたら、ふわふわと体が浮いている様な感覚に捕われて、幼心にもうすぐ自分は死ぬのだと思った。
誰か助けて。
助けて。
伸ばした手は何処へ行くでも無く…否、手はぴくりとも動かなかった。


−−…


高宮学園高等部の養護教諭である鹿倉 京一(かくら きょういち)はパソコンの画面から目を離し軽く伸びをして立ち上がった。
お昼休みの為昼食を取ろうと毎日持参するお弁当を鞄から出したところで、保健室のドアがノックされる。

「鹿倉先生、」

ドアを開け顔を覗かせたのは高宮学園高等部二年生の高宮昴であった。
学園の名と同じ性を持つ昴は学園理事長の孫であり、現生徒会長と言う肩書を持つ周りの評判も良い爽やかな青年である。
−が。

「どうした?」
「お昼一緒にどうかと思って」
「教室で友達と一緒に食べないのか?」
「くだらない会話に付き合うのも疲れますから」
「そうか」

笑顔で淡々と毒を吐く昴に京一は肩を竦め、お弁当を開く。
昴は何故か京一には素の表情を見せるのだ。
他人に無関心で、笑顔で簡単に毒を吐く、そんな他の人には全然見せない表情。
しかし最初は多少驚いた京一だったが、それを知ってどうする訳でも無い。
そんな京一だから昴は息抜きに訪れるのかも知れないが。

「先生、お弁当フォークなんですね」
「ん?ああ」

保健室備え付けのソファーに腰を降ろして自分もお弁当を食べ始めた昴は、ふと目についた成人男性にはおおよそ似合わないお弁当用のフォークに視線を注ぐ。
その視線を受けながら、京一は一度肩を竦めて箸が苦手なんだとそっけなく呟いた。
へぇと頷いた昴はにこりと笑って京一を眺める。

「…俺を見てて楽しいか?」
「ええ、とっても」
「そうか…」

見られると多少緊張してしまうのだが。
そう思いながら食べていた京一の背後にいつの間にか昴が立っていた。
そして腕を回して昴は京一を抱き締める。

「なに…」
「俺、お腹空いてるんですよ」
「…?なら、座って御飯を食べろ」
「じゃなくて…先生が食べたい」

京一のうなじにキスして手を服の中に忍び込ませながら、昴は甘く囁く。
京一は眉をしかめながら、微かに震える指に気付かれない様に握って呆れた溜息を吐いた。

「こら、馬鹿な事言ってないで離せ…」
「本気ですよ?」
「なお悪い」

べしっと裏拳で昴の顔を軽く叩いてその体を離す。
すると昴はくすっと笑ってから大仰に両手を広げて残念だなぁと呟いた。

「全く。男子校だからって身近ですまそうとするな」
「先生、前にも言い寄られた事あるんですか?」
「…たまにな」

ふーんと呟き昴はソファーに戻り食事を再開する。
漸く戻ってくれた事に内心安堵して京一も食事を再開するが、話題は続いていたらしくまた昴はにこりと笑って口を開いた。

「先生、隙だらけですからね」
「…そうか?」

自覚が無い事を言われ京一は困った様に眉を下げる。
だいたい何故男子校と言う職場で男の自分が気を張ってなければならないのか。

「俺なんか押し倒してもしょうがないだろうに」
「押し倒された事もあるんですか」
「………」

別に隠す程の事は無いがおおっぴらにするのも問題がある様な事を何故言わされているのか、京一は頭を軽く押さえて口を閉ざす。
それを肯定ととった昴は年相応な表情で少し口を尖らせた。

「なら俺の相手してくれたって良いじゃないですか」
「馬鹿言うな。別にそんな事した訳じゃ無い」
「じゃあ先生はまだお手付きじゃ無いんですね。よかった」
「………」

何が良かったなのか。
聞きたいが聞かない方が良い気がして京一は再び黙す。
そうすると昴も黙し、なんとなく居心地の悪い空気が流れ出した。

「…先生、」
「ん?」
「煙草吸いますか?」

沈黙を先に破った昴は食後の一服、と言って煙草を差し出す。
京一は沈黙を破ってくれた事には感謝したが、しかし呆れた表情を作り昴の横に腰を降ろした。
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