僕は学校を途中でやめてしまったから、ことわざとかはあまり知らない。
でもそれは嵐の前の静けさと言うよりは決戦の前の休息のようなものだったと思う。
生きてまた会えたことを喜び、互いの武勇伝を誇り称えあう。
誰か到着するたびに広間は喜びの声があがった。
最後の一人が到着したという知らせが入り、空気がひときわ盛り上がる。
祝祭の始まりだ。
スティーブの怪我もこの頃にはすっかり治り、ゲームの間でいろんなバンパイアと闘ったり、シーバにクレプスリーの昔話を聞いたり(このときは僕も隣にいて色々と笑わせてもらった)して楽しんでいた。
何も考えずひたすらに楽しむことを許された、夢のような三日間だった。

そして今、お祭り騒ぎの余韻を残しながらも次の大イベントに向けて落ち着かない空気で溢れる宴会場を抜け出し、僕は鋭い吹雪がうち付ける山の外側にいた。
グラルダーはもう待ち合わせ場所で待っていて、僕たちは合流するとすぐに秘密の抜け道に向かった。

「グラルダー、ここだよ。ここからなら誰にも気付かれずに、元帥の間に直接入れる。」

マグダに案内された抜け穴は記憶のままにひっそりと残っていた。
そういえば彼女は今度は群れの中で穏やかに生涯を終えることができたのだろうか。
―いや、考えてもしょうがない。僕は頭を振って浮かんできた彼女の面影を打ち消す。
カーダさえ知らなかった通路に案内され、グラルダーもさすがに驚いたようだ。

「へぇ。お前よくこんなとこ知ってたな。」
「前に、ね。」

タイニーが仕組んだたくさんの偶然。あれもその一つだった。
『前』の意味するところを察し、グラルダーの表情が引き締まる。

「…ダレン。やるぞ。」
「うん。」

この門番のいない入り口はそのまま元帥の間に続いている。
大まかな道順を説明しながら途中まで一緒に行くと、いよいよ叙任式の開始時刻が迫ってきた。

「ここを上ったところの薄壁のすぐ向こうが元帥の間だから。」
「ああ。」

周囲の人の気配が無いことを確認してから、できるだけ声を潜めて低く話す。
誰かに見つかったら全てが水の泡だ。血の番人たちは言葉を話せないし、そもそもこんなところまで来ることはないだろうけど、だからといって注意してしすぎるということはない。
最後に式が始まってからの順番を確認してから、グラルダーを縦穴に残し僕は一人で来た道を戻る。
会場の準備がととのった事を知らせる鐘が鳴り僕の心臓が跳ね上がった。


新たに元帥に就任するカーダのための衣装を持ったバンパイアが二人ずつ三組で六人。
続いて二人のバンパイアが賛美歌のような歌を響かせながら入場して来た。
歌声は元帥の間で待っていたバンパイアの声と重なっていく。
荘厳な旋律をバックミュージックに、ついにカーダを乗せた輿が現れた。
昔、壁の向こう側から見た光景。
僕は今、おなじ舞台の上で違う役割を果たそうとしている。
うつむきかけた僕の背中をサイラッシュが軽くたたいて励ましてくれた。
そうだ。全てはここからなんだ。


元帥たちの前で輿が止まった。
流れるような動きでカーダが石床に降り、顔を上げる。

始まりだ。

「――めでてぇトコに水を差して悪いが。」

天から降り注ぐ声。

「俺の話もきいちゃくれねぇか?」

爆弾が爆発したような音がして、バラバラと岩のカケラが振ってくる。
皆が見上げる中、突き破られた壁の向こうから黒い塊が落ちてきた。

「――バンパイヤの皆さんがたよぉ。」

ふてぶてしく登場した侵入者は膝をついたままハハッと笑いながらゆっくり立ち上がった。
落ちてくるスピードでは捕らえきれなかった塊の正体があらわになると、まず目に入るのは紫にそまった肌の色。バンパイアではあり得ないその意味はこの場にいる誰もが知っている。

「バンパニーズ!?」

誰かが叫んだ。
元帥の間はもちろん大混乱で、槍を持った衛兵達が元帥をまもろうとカーダたちのほうへ駆け寄る。
そんな中、余裕しゃくしゃくで広間の中央に立っているのはもちろんグラルダーだ。

「慌てるなって。言っただろう?話を聞いてくれって。別に戦いに来たわけじゃねぇよ」

軽い調子で首をパキパキと鳴らし、周囲を見回した視線はぴたりとある一点で止まった。

「なぁカーダ?」

バンパイア・マウンテンの最奥で行われる厳粛な儀式。
そこに突如あらわれた得体の知れないバンパニーズ。
侵入者の口から出た名前に広間に動揺が走る。
しかしカーダは刺すような視線のをものともせずに一歩あゆみ出た。
まっすぐにグラルダーの前に立つ。

「首尾は?」
「結論から言う。間に合わなかった。」

それを聞いたカーダは絶望したように右手で顔を覆った。

「なんて事だ」
「大王が現れた。タイニーの予言どおりだ。これでバンパイアとバンパニーズの対等な関係はご破算、今までの苦労が全部パーだ。」

グラルダーの口から予想外の人物(そして誰もが好んで彼の名前なんて聞きたくない人物)の名前が上がったことで、隙あらば二人に飛び掛ろうとするような殺気立った空気に戸惑いの色が混ざりだす。
元帥たちもグラルダーへの警戒は表に出しながら、ギリギリでまだ手に持った武器を構えてはいない。
侵入者からカーダの名前が出てカーダ自身も関係を認めている以上、まずは場をカーダに預けてくれるようだ。

「カーダ。どういうことか説明してもらおうか。」

アロー元帥が鋭い声で問いかける。

「はい。彼の名前はグラルダー、見ての通りバンパニーズです。俺がバンパイアとバンパニーズとの和平を目標とているのはご存知かと思います。いきなりは難しくとも少しずつ双方から歩み寄ることが出来れば決して不可能なことではありません。彼はそんな俺の考えに同意してくれて、ひとことで言えばバンパニーズの中で俺みたいなことをやってます。」
「けっ。誰がお前みてーな甘っちょろいこと考えるもんか。俺はバンパニーズ一族のために動いてるだけだっての。」
「貴様!」

カーダを侮辱されたと思った周囲のバンパイアが沸き立つ。
いくらバンパニーズの進入を手引きした疑いがあっても、それだけで今まで培ってきたカーダへの信頼が全部なくなるわけじゃない。カーダはマウンテンのバンパイアにちゃんと信頼されているんだ。
掴みかかりそうな彼らを止めたのはカーダ自身の言葉だった。

「俺だってそうだ。甘かろうがなんだろうが、ただバンパイヤ一族のために動いてるだけだ。」

カーダがまじめな顔で元帥達に向きなおる。

「元帥がた。バンパニーズ大王についてのミスター・タイニーの予言をご存知ですか?」

元帥たちが顔を見合わせて、互いに少しだけ首をかしげる。
代表してパリス元帥が口を開いた。

「いや、詳しくは知らぬ」
「血の石についての伝承がバンパニーズには知られていないのと同じ理由でしょうね。」

カーダはうなずき、バンパニーズに伝わる大王に関しての予言を説明した。
炎の棺のくだりはグラルダーも少し付け加えた。

「グラルダーと話した結果、バンパニーズ大王が正式に血を注がれたとき、バンパイヤとバンパニーズの全面戦争が起き、どちらかが滅びるという結論に達しました。」
「ならば当然勝つのは我々だろう。」

パリス元帥の言葉に、アロー元帥とミッカー元帥も大きくうなずく。

「バンパニーズたちもそう思っています。実際にはどちらが勝つかわかりません。そして確実に言えることは、勝ったほうにも甚大な犠牲が出るだろうということだけです。」
「ああ、例えあんたたちが勝っても気持ちいい勝利にはならないだろうぜ」
「俺達は大王が現れるまえに和平を実現し、その戦いを避けようとしてきました。が、既に予言は走り出してしまいました。戦争はいずれ避けられないものとなるでしょう。」

広間が静まりかえる。
ここまでは計画通り。
あとは元帥たちの反応にかかっている。
もう少し。
どうか上手く。
僕には拳を握り締めバンパイアの神に祈った。

「今の件について元帥の間で審議を行う。カーダとそこのバンパニーズには同席してもらおう」

広間にいるバンパイアが次々と息をのむ音が聞こえる。
無理もない、元帥の間にバンパニーズが入るなんて前代未聞の出来事だ。
でも元帥になったことがある僕には彼らの少しだけ考えがわかった。
元帥の間の扉は元帥にしか開けられない。
万が一(というよりも元帥たちのなかでは半分以上の可能性として考えてあるだろう)罠だったとしても広間で乱闘がおこるよりは、元帥の間に閉じ込めて自分たちだけで片をつけたほうがいいと思ったに違いない。

アロー元帥がまず元帥の間に入った。それからミッカー元帥が扉の横に立って、カーダとグラルダーを中に促す。
カーダが振り返って僕を見た。

「ハーキャット!」

手招きして僕を呼ぶ。

「話をするのに彼も必要です」
「…分かった。同席を認めよう」

パリス元帥は驚いたように僕を見て、少し考えてから僕が一緒にいるのを許してくれた。
急げと言われて慌てて走り込むと、元帥の間の扉が大きな音を立てて閉まった。

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