全員が席に座り(何と元帥たちはグラルダーにまで椅子を用意してくれた!)ついに話し合いが始まった。

「バンパニーズ。」
「俺の名前はグラルダーってんだが。」
「……」
「なんなら親しみこめてダーリンとでも呼んでみるかい?」

グラルダーのバカ!せっかく元帥たちから話し始めてくれたのに!
あからさまなグラルダーの挑発に、ミッカー元帥が自分の両手を握り黙り込んでしまった。
湯気が見えるんじゃないかってくらい怒ってる。
アロー元帥はこっちを見ようともしないし、どうしようと冷や冷やしているとパリス元帥が代わって交渉役を引き継いでくれた。よかった、ちょっとやそっとで怒らないのは、さすが年の功だ。

「グラルダー」
「あ?」
「まず、確認したい。先程お前が言ったことは本当なのだな?」
「どれのことだよ」
「『バンパニーズ大王が現れた』と。」
「ああ、それか。嘘に決まってんだろ。本当だったらこんな悠長なことやってられるか。」
「な…!?」
「でもそれ以外は全部ホントの話だ。」
「カーダ!貴様、我々をたばかったのか!?」

悪びれないグラルダーの態度にとうとうミッカー元帥の怒りが爆発し、その矛先がカーダに向かう。けれどカーダは真っ向からそれを受けとめた。

「大王が現れてからでは遅いのです!」

椅子から立ち上がり元帥に必死に訴えた。

「彼が元帥の間に現れてから今この瞬間まで!一度も思いませんでしたか!?もっと早く手を打って置けばよかったと!もっと早く気づいていればよかったと!それとも今からで間に合うと、本気でそう思っていたのですか!?」

ミッカー元帥が気圧されるほどのカーダの剣幕は僕たち全員の心からの叫びだった。

「一度も、とは言わないが・・・」
「なら、今がその時です。グラルダーはそのために命を懸けました」

急に立ち上がって申し訳ありませんとカーダが座るのを見て、アロー元帥がはぁと息を吐いた。

「……言い分は理解した。――時代は、変わるものだな。」

ミッカー元帥とパリス元帥が驚きに目を開く。

「カーダの叙任が決まった時から、小さくとも流れは起きていたのだろう。細かな方法は後に話し合うとしても、一族の為を想うなら和平そのものに否は無い。」

あのアロー元帥がバンパニーズへ譲歩の姿勢を見せた。
一番説得が難しいと思っていたアロー元帥がまさか最初に賛成の態度を示してくれるとは思わなかったけど、これは僕たちにとって大きな追い風になった。
元帥達が目配せをしあう。
僕たちを外に出して元帥達だけの話し合いをするのだろう。
逸る気持ちに急き立てられて椅子から腰を少し浮かせた僕を、パリス元帥は軽く手を上げて場に留めた。不思議に思いながらも座りなおす。

「グラルダー殿。先程までの非礼を我々は決して詫びない。相応の振る舞いをお前はした。だがそれとは別に頼みたい。バンパニーズとバンパイアの全面戦争を避けるために、我々と協力してもらえないだろうか。」

耳を疑うなんてできなかった。






ありがとう





真っ白になった頭の中にその言葉と一人の名前だけが浮かぶ。

本当は祈る相手がわからなかった。
誰に願えばいいかわからなかった。
神様は楽園に僕を受け入れてくれなかったし、運命は僕を苦しめるだけで。
僕が走りつづけられたのは一人のためだけだ。
だから感謝を捧げるのは彼に。
ありがとうございます。
何度も心の中で唱える。
これで僕は

パリス元帥のしわくちゃな右手が差し出されたのを見て、ぼんやりと映画を見るように遠くなっていた僕の感覚が現実に引き戻された。

「だから。俺はそれを頼みに来たんだよ。」

グラルダーが憮然とした声で答える。
照れているだけだと分かっている僕とカーダはこっそり笑いあった。
歴史的な握手が交わされようとし、

――それを邪魔するように扉が大きな音をたてて開いた。





「誰だ!?」
「私だよ」


気味の悪い時計をいじりながら飄々と現れたのはすべての元凶とも言えるミスタータイニー。
もっとも彼の登場はある意味で予想の範囲内だ。
人の努力を台無しにしておいしいとこだけを持っていくのが大好きな彼のことだ、逆に来ないわけが無い。
こつこつと足音が響く。
タイニーはただゆっくりと歩いているだけなのに、凍りついたように誰も動くことが出来ない。
いや、僕だけは違う。
とある目的をもって彼の登場を待ち望んでいた僕は動けないんじゃなくてあえて動かなかった。
タイニーが僕の前で止まり、開いたときと同じように大きな音をたてて扉が閉まった。

「全く君には失望させられたよ。ここまでシナリオを台無しにしてくれようとは。幸運にも手にした新しい運命なのだからもっと楽しく生きてはどうだね。ん?」

相変わらず芝居がかった大げさな動きだけど、タイニーの目には隠しきれていない怒りが浮かんでいた。望むところだ。こっちこそタイニーに対する文句なんて山ほどある。そんな筋違いで言いがかりに僕がおびえると思ったら大間違いだ。最後の役割を果たすため、僕は気合を入れなおした。

「ミスター・タイニー。全く同じセリフをお返ししたいところですが、生憎とこちらはあなたに最初から期待なんかしてませんから失望も何もあったもんじゃありませんね。ただ絶望しているだけです。」
「お前がか?」
「あなたにですよ。」

しばしにらみ合ったがタイニーがくだらないとばかりに鼻をならした。

「お前に関わると碌な事がない。いい加減、舞台から退場願いたいものだ。」
「同感ですね。」

僕だって望んで繰り返したじゃない。繰り返されたから望んだだけだ。
楽園に向かうだけだったはずの、とっくに退場してるはずの僕を舞台に引き留めているのは一体何なのか。考えたところで全く分からなかったけど、けど理屈は分からなくても理由は間違いなく一つに辿りつく。
タイニー、彼に奪われたものを取り返したい。

「まぁだがしかしお前に対して裏から働きかけると色々とよろしくない結果になるのでな。こうしてわざわざ直接お願いに参ったわけだよ。」
「わぁ。そんな重要人物になった覚えはありませんけど?」
「言いおるわ。」
「おかげさまで。」
「率直に言わせてもらうが、この舞台から消えてもらえんかね?」

タイニーらしくないストレートな言い草に思わず笑いそうになった。
よっぽど僕に対して鬱憤がたまっているらしい。

「あなたが僕のお願いを聞いてくれるならいいですよ」
「内容次第だ」

どうやって取引に持ち込むか、それが問題だったけど向こうから切り出してくれて助かった。

「ゲームをしましょう、ミスタータイニー。『僕が舞台から降りるからバンパイアに手を出さないで』なんてお願いを聞いてもらえるとは思いません。だからゲームをして僕が勝ったら金輪際バンパイアとそれに関わるものに手を出さないで下さい。そのかわり貴方が勝ったら僕は貴方につきましょう。退屈な貴方のために貴方の望み通り世界を百万倍面白くして差し上げます。まぁこの僕が貴方に力を貸すのだから方法は任せて貰いますけどね。やるからには全力を尽くしますよ。好きでしょう?そういうの。」
「ほう、なかなか面白そうだ。」
「乗りますか?」
「乗ろう」

この瞬間、契約が成立した。
タイニーは大きな力を持つからこそ、それ以上に巨大な力で縛られている。
一度交わした約束はなにがあろうと破ることができない。
僕の狙いはそこだった。

「では簡単にコインで決めましょうか。ミスター・タイニーお先にどうぞ。表?それとも裏?」
「君がその胸ポケットのコインを使うつもりなら表を選ばせて貰おうか。」
「…わかりました。では裏が出れば僕の勝ち。いいですね?」
「かまわんとも」

バレているのであればこのトリックコインを使っても意味が無い。

「カーダ。コイン頂戴。」

受け取ったコインを握り締め、勢いよく宙に放った。
イカサマが無い事を示すために手で受け取りはせず、地面に落ちるままに任せる。
コインが石でできた平らな床にぶつかり、硬い音が響いた。



「表、だな」

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