「表ですね。」
「私の勝ちだ。」
「あなたの勝ちです、認めましょう。」

「さあこれでお前は私の手下だ。世界を面白くてくれるのだろう?そうだな…手始めにこの会談をなかったものにしてもらおうか 」

僕は必要のなくなったポーカーフェイスを消して、わざとらしく尋ねる

「何を言ってるんですか。」
「約束を違える気か?」

挑発とわかってるはずなのにタイニーはみるみる不機嫌になる。

「それはあなたのほうでしょう。『方法は任せてもらう』と言ったはずです。あなたには、僕の方法で、世界を楽しいと思えるようになっていただきます。」
「お前の方法…?」

タイニーはまだ僕が仕掛けていた罠に気づかない。
だから僕は懇切丁寧に説明してあげた。
簡単な話だ。

「事ここに至りましたから言わせて頂きますが、あなた性根が悪すぎます。そんなことだから平和が退屈とか言いだすんですよ。」

趣味とか持てばいいのに。
あ、違うか。趣味がないんじゃなくて悪趣味なんだ。

「何かを楽しむなら、まずは自分からそれを楽しいと思わなきゃ。平和な世界が楽しいと思えるように僕と一緒に頑張りましょうね、性格改善。」
「な!」
「世界なんてそうそう簡単に変わらないんですから、手っ取り早くあなたが変わってください。」

種明かしをされ僕の言葉を理解すると、タイニーは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「貴様…!スティーブ!こいつを殺せ!」

そして後ろに控えさせていた手下のフードを引きずりおろす。
あらわになったその顔に広間は騒然とした。
つい先日試練をクリアし、一人前として認められたばかりの若きバンパイア。
――スティーブ・レナード

不覚だった。
タイニーが手下を連れているのは珍しい事ではなかったから、誰も彼のことは気に留めてなかった。
みんな、彼をただのリトルピープルだと思っていたに違いない。
僕だってそうだ。その甘さがこんなことになるなんて!

「こいつはダレン・シャンだ!お前を殺した憎い奴だろう!?そうだ、こいつを殺せばお前を息子として認めてやろう!」

タイニーが口にしたセリフがさらに僕を打ちのめした。
僕を指差しながらまるで最高の取引だと言うようにスティーブに持ちかけた話の内容に血の気が引く。

「タイニー!まさか!」
「ああ、最終試験の前に少し彼の記憶を弄らせてもらったよ」

形勢逆転を確信して勝ち誇った笑みを浮かべるタイニー。
最悪だ。
おそらく真っ青になってるだろう僕をちらりと見て、スティーブが答えた。



「――断る」



俯いたままだったから、その時スティーブがどんな表情をしていたかは分からない。
ただ、スティーブがタイニーの誘いを断ったその一言だけが僕に届いた。
ものすごく驚いて反射的に顔をあげると、もうスティーブから目が離せなかった。
泣きそうだ。スティーブは僕に向かって笑っていた。
だけど、タイニーにとっても当然予想外の事態だ。

「何故だ!」
「ダレンは俺の親友だ。それに俺はダレンに殺されてなんかない。俺は、俺たちは『二人で』アンタに勝ったんだ」
「貴様ァッ!」

恐ろしい怒りをまき散らしながらタイニーがスティーブに手を伸ばした。
タイニーの手はどこにも触れていないのにスティーブが苦しそうに顔をゆがめる。
そのまま殺しかねない様子に僕は慌てて二人の間にはいった。

「やめろ!拒否するならすればいい!でもそうしたらあんたは約束を破ったとして手痛いペナルティをくらうんじゃないのか!?」

タイニーにも守らなければいけないルールはあるとエバンナは言っていた。
僕とタイニーは約束をした。彼が僕のやりかたに従うという約束だ。
タイニーは恐ろしい目つきで僕を睨んできたが、結局何も言うことなくスティーブを解放した。

「……極めてつまらん。私はもう帰らせてもらうとしよう。手下もすべて引き上げる。当分は関わりたくもない。」

タイニーの手下となった僕は当然彼について行かないといけない。
まぁ、このくらいはタイニーのことだから腹いせとしてやってくるだろうと予想済みだ。
これから先、タイニーの気分次第ではかなりの間、僕はみんなと会うことはないだろう。

「じゃあねカーダ。しばらく帰ってこないと思うけど後のことよろしく」
「待てダレン!お前最初からこのつもりで―!」

必ず勝てる方法を考えてあると言ってあった。
でも言葉にしたらどこからタイニーに漏れるか分からないから、と(ハーキャットみたいな前例だってある。もし失敗して僕らの中の誰かが精霊の湖に捉われたら、タイニーがリトルピープルにして聞きだすかもしれない!)誰にも言わなかった。

「グラルダー、カーダのことよろしく。あとサイラッシュに『ごめんなさい』と『ありがとう』って言っといて。」

それでも勝負を僕に任せてくれたカーダとグラルダーには本当に感謝している。
本当は、用意していたのは必ず勝てる方法ではなくて勝っても負けて目的を達成できる方法。
タイニーが乗ってきた時点で僕の目的は叶っていた。
勝敗で変わるのは僕がみんなの側に残れるかどうかだけだった。

「お前、本当にそれでいいのか?」
「いいも何も。ゲームという契約の結果なんだからしょうがないよ。」
「この大バカ野郎!」

カーダとグラルダーに別れを告げ、後のことを頼む。
二人に怒られてサイラッシュがこの場にいなくて良かったとなんとなく可笑しくなった。
たぶんサイラッシュはもっと怒ってお説教してくるに違いない。

これがベストな形でないのは僕にもわかってる。
でもこれでいいんだ。
僕が台無しにしてしまった運命を取り戻すためなら、なんだって差し出す。
でもそれは均等な負担じゃなくて、僕が背負わないといけない責任なんだ。
本当は全部見届けたいけど、そんな贅沢は言えない。
自分のなかの覚悟を確かめて大丈夫と言い聞かせていると、今まで黙っていたスティーブが突然僕に抱きついてきた。

「ダレン!」
「スティーブ。君は僕の知ってる、僕を知ってるスティーブなんだね」
「そうだ。」

お互い言葉に迷って、優しくも穏やかでもないけど、決して居心地の悪くない空気が僕たちの間にうまれる。

「色々、言いたいことも言えないことも色々、たくさんあるけど。これだけは間違いなく言える。良かったのかは分からない、でも――また会えて嬉しいよ。」

スティーブは何も言わずただ腕に込めた力を強くした。
僕もスティーブを抱き返す。

「僕は戻ってくるから。絶対に戻ってくるから、だからその時はまた一緒にサッカーしよう」
「あぁ」


僕の名前はダレンシャン、そんな書き出しで一冊の本を書くとすればここが物語の一つの結末となるのだろう。


記憶の中の僕が辿った物語はハッピーエンドとは言いがたい終わりだった。


でも今、ここにある終わりは全然違う。
だって僕は生きている。
何年かかるか分からないけど僕が諦めない限りタイニーもいつか根負けするだろう。
平和は素晴らしいなんて言い出すタイニーはちょっと笑えるだろうけど。
サム。ガブナー。エラ。サイラッシュ。カーダ。クレプスリー。トミーにシャンカス、ミスタートール。そしてスティーブ。
みんな生きている。



そう。





僕は―――生きるんだ。

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