父様は爺様の後を継いだ。
爺様は曾爺様の後を。
曾爺様は曾々爺様の後を。
だから僕が父様の後を継ぐことに何の疑問も持たなかった。
むしろそれは確信と誇りを以って承継される。
我が一族の隠された役割、即ち―――

闇の生き物達を狩る掃除屋





「優秀な子だ。」
「サイラッシュ!この間貰った薬、めちゃくちゃ効いたぜ!」
「本当に覚えが良いね」

当たり前だ。
僕は優秀なのだから。
だけどみんなが僕を褒めるときは必ずこの言葉が最後に繋がる。

『だけどお前に実戦はまだ早いよ』

分かっている。
僕はまだ小さくて未熟で未成熟で、お世辞にも完成された肉体とは言えない。
成長期さえ迎えていない四肢では無理に鍛えても逆に筋肉を傷めるだけ。
分かっているんだ。
それでも言われる度に心の澱が降り積もっていく。
だって本当は知っている。
僕の体は大人になっても走る事すら覚束ないほどに弱々しいものにしかならないと言うことを。

だから僕は考えたんだ。
僕は考えることしか出来ないから沢山考えた。弱い僕でもあいつらと戦える方法を。
沢山沢山考えて、沢山沢山沢山実験した。爺様にお願いして書斎の鍵を貰い、毎日あいつらの事を調べた。
結果として当然のように僕は一族の誰よりもあいつらに詳しくなった。
どんな道具を使われるのが苦手なのか、どんな薬がよく効いて、どんな毒を使えばすぐに無力化できるのか。

肉体労働には全く向いていないこの体となんとか折り合いをつけながら過ごす毎日。
そんなある日、父の書斎で見つけた書簡が僕の運命を変えた。
それには叔父が弱らせたバンパイアが一体、こちらに向かったと書いてあり、合わせて方角や街の規模、郊外の環境などから叔父が推測した潜伏場所の候補もいくつか記されている。
なんとう僥倖だろう。
僕はすぐに外出の準備を整えた。

一番近い場所、うちからそう遠くない森の奥でそのバンパイアを見つけることが出来たのは本当に幸運だった。

樹の陰にうずくまっている男は体のいたるところが赤黒く汚れており、つまりは血だらけで普通の人間なら迷うことなく病院に運び込まれているところだ。十中八九あの男がバンパイアだろう。それでもそれが百パーセントの確証になるまでは男に攻撃を仕掛ける事は出来ない。誇りにかけてバンパイアと間違えたなんて理由で人間を傷つけるわけにはいかない。どうやって化けの皮をはがすか。

「人間か…?」
「ええ、人間ですよ。そんな質問をするということはやはり貴方はバンパイアで間違いなさそうですね。」

考えるまでもなかった。
向こうから墓穴を掘ってくれた。
男の顔が歪む。

「何故…」
「叔父からの手紙に貴方がこの辺りにいるだろうと書いてあったもので、勝手ながら私が後を引き継がせて頂きました。」
「あのバンパイアハンターの仲間か」
「正解です」
「戦うのか?」

静かに重ねられた問いに僕は首を振って答えた。

「私はね、ただ材料が欲しいだけなんです。私の仮説を証明してくれる実験材料が欲しいんですよ。爺様にも父様にも親戚一同にもお願いしている甲斐あって、稀に死体は手に入るのですが、生きている検体となるとこれが非常に難しくて。一人捕まえる事が出来たら実験に協力してもらおうと常々思っていたんです。話が通じたら友好的に話が通じなかったら友好的でなくともね。」

僕の放ったボウガンの矢が男の腕をかすめる。
戦いは一方的に始まりを告げられ――さほど時を置かず終了した。
僕にしては善戦したと我ながらに思うが、客観的な立場をとるのなら勝負になんてならなかったのも事実だ。
男が驚いたのは一瞬で、あっという間にボウガンを弾き飛ばされた僕は気付いたときには地面に体を伏せられていた。
向こうは武器らしい武器も持っていないのに、僕の貧弱な皮膚ときたら男の固いだけの爪にさえ傷付き血を流していた。

動けない。
手も足も出ない。
情け無い。
ああ、死ぬかな。
殺されるのか。
まあいいか。
死ぬのか。

残されたわずかな時間だというのにぐだぐだと思考にふけるしかできない僕の頭の中を読み取ったかのように男は苦笑した。

「別に殺しまではしないさ。」

言いながら男は僕に近づき、あろうことか傷口に唇を寄せた。
いや男の属する性質を考えればそれはむしろ当然の行為とも言えるのだが、それでも驚愕以外の何物でもなかった。

「な!?」
「落ち着けよ、血止めだ。知ってるだろう?」
「痛っ・・・!」
「我慢しろ。」

悪夢のようだ。
肉に塩でも塗りこむように丁寧に、無感動に、処置は続けられた。
最後に僕の頬を一舐めし、ようやく男は離れた。
悔しいが出血はすべてきちんと止まっており、行為の中で男は一滴も僕の血を飲まなかった。

「あんたはバンパイアに対してそれほど恨みも偏見もなさそうだ。できればこんな物騒な商売から足を洗ってくれることを望むよ。」

僕の頭を乱暴で無い程度に撫で、ひらひらと片手を振りながら男は僕に背を向けた。

「じゃあな。」

先ほどの戦いからは考えられないほどゆっくりと。
人並みの速度で。
人のような速さで。
男の姿が遠ざかっていく。

「おい待てよ!」

このままあいつの後ろを見送るなんて冗談じゃない!
僕は思わず声を上げてしまった。

「何だ?」

男が振り向く。
しまった、何も考えてない。とにかく男を引き止めることしか頭になかった。
言い淀む僕に何を勘違いしたのか男が近づいてくる。

「どうした?もしかしてどこかひどく痛んだり、す…る……?」

鈍い音。
男が何を言おうとしていたのか、そんなこと僕が知った事ではないが何にしろ結局男はそれを最後まで口にすることは無かった。無様に地面に倒れこんだ男が意識を失うのを見届け、僕は安堵の息を吐く。
ようやく毒がまわったらしい。
笑いが込み上げてくる。
僕の勝ちだ。

「僕の 勝ちだ。」



「それで?それからどうしたの!?」

好奇心から尋ねた二人の出会いだけどサイラッシュの口からでてくる物語は思いのほかハードだった。
息継ぎとばかりに紅茶を一口含み、心底嫌そうな顔をしてサイラッシュは話を続けた。

「家まで連れていきましたよ。あの重い体を抱えて。人生の中で一番筋力というものを欲した瞬間でした。」
「え、なんで?」
「ダレン君。意識の無い生き物というのは存外重いものです。今度寝ているカーダでも持ってみなさい。」

反射のように口を出た疑問には全く別の方向から答えが返された。

「いや、そうじゃなくて、どうしてそんな大変な思いをしてまでカーダを連れてったの?」

あと寝ている人が重いのは僕も知っている。
寝起きの悪いアニーを毎朝ベットから無理やり起こし目を覚まさせていたのは他ならぬ僕だ。

「家にか解毒剤を置いてなかったんです。一度取りに帰ってと往復していたら間に合わない可能性がありましたから。しかし振り返るといくらボウガンの扱いに自信があったとはいえ、万が一にでも毒矢で自分を傷つけたりしていたら私はどうするつもりだったんでしょう。」

ねぇ、としみじみと言われても僕には返せる言葉がない。

「起き抜けの第一声は間抜けでしたよ。」



「ここはどこだ…?」
「私の家です。」

独り言のつもりだったのだろう。即答とも言えるような速さでもたらされた答えに小さく息をのむ音がした。
机に向かっていた僕はペンを置き振り返った。ちょうど半身を起こしかけていた男と目が合う。

「殺さないのか?」
「別に。最初に申し上げた通り、私は実験の協力者が手に入ればいいだけですから、それこそ殺すだなんてもったいない。」
「そうだったな。だが俺はもうかなり回復してるみたいだから、やろうと思えばすぐに逃げられるぞ?」

全く何を言っているのか。自分の立場と僕のセリフが分かってないのだろうか。

「どうぞお好きに。借りくらい返します。」

そのときの彼の表情は見物だった。
虚を突かれたというのは正にこの事を言うのだろう。
どうせなら僕に撃たれた時にこの顔をすればよかったのに。
彼が一度僕の命を見逃した以上、僕だって一度はそうする。当たり前だ。
男は愉快そうに笑った。

「ははっ、そうか。じゃあ俺も借りを返さなきゃな。命に関わらない程度ならお前の実験に付き合うよ。
技術の進歩に貢献するのも悪くない。」

カーダ・スモルトと名乗るバンパイアとの不思議な付き合いはこうして始まった。

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