■頂き物

□十月十日の幸福
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「おとうさんおかえりなさいっ!」


遠征から帰ってくると、一番に迎えてくれたのは今年でよっつになる息子だった。
自分とそっくりな顔に満面の笑みを浮かべ、あぶなげない足取りで駆け寄ってくる。
リョーマは小さな体を抱き上げ、息子に笑いかけた。


「ただいま、タカト」


言いながらこつんと額を合わせると、小さな腕が首に巻き付く。
息子の熱烈な歓迎は、長時間のフライトの疲れを少しだけ癒してくれた。


「…桜乃…、…母さんは?」


しかし、いつもならば息子と共に出迎えてくれる妻の姿がないことに気付き、きょろきょろと視線を巡らせる。
溺愛する妻の歓迎がないのは、ちょっと寂しい。

すると息子はぱっと顔を上げて、下ろしてほしいと足をばたつかせる。
望む通りにしてやれば、息子は小さな指を口許にあててしぃっと声を潜めた。


「おかあさん、ねてるの」

「寝てる?」

「うん。だから、しぃ」


―――何で?

リョーマは眉をしかめる。
時計を見遣れば、まだ寝るには早い19時。
おまけに息子を放っておいて眠るなんて、責任感の強い妻にしては感心しない行動だ。
リョーマは靴を脱いでしゃがみ込み、息子と視線を合わせる。


「タカ、飯食った?」

「たべたよ。ハンバーグ!」

「そう」


夕飯は大好物だったようだ。
とても機嫌のよい息子の頭をひと撫でして、リビングに向かう。後ろからついてくるぴたぴたという足音を聞きながらドアを開けると、まだほんのりと夕飯の匂いが漂っていた。
ソースの香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、リョーマの胃袋を刺激した。


「……」


ふ、とソファに目を向けると、ショールを膝にかけて寝息を立てる妻の姿。
足音を忍ばせてソファに近付き、リョーマは妻の顔をのぞきこんだ。

彼女は器用にも座ったまま眠っており、固く閉ざされた瞼はまだまだ開きそうもない。
どうやら、うっかり夢の世界に旅立ってしまったようだ。


「…なんか、疲れてた?」


誰にともなく呟くと、肘掛けの部分に頬杖をつき、ぺとりとくっついてきた息子を抱き寄せる。
妻の寝顔はそれはもう穏やかで、一児の母とは思えぬほど幼い表情をしていた。





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