人間以外の生物が居ない人間が地球と勝手に呼んでいた星に、人の姿をした2人の人影があった。
片方はダラリと簡易的なベッドに横たわりもう片方は顔の模様のせいで表情がわからない。
「いつまで黙しているつもりだカミュ。
俺が死ぬまで見守るつもりなのか?」
ベッドに横たわっている金髪長髪の男が淡々とした口調で呟く。
こちらは顔の模様のせいで笑っているようにも怒っているようにも見える。
ギイィィ…
カミュは表情を変えず嫌な笑いをするだけで、ただ其処に居るだけだ。
愚かな人間共が核爆弾を投下した。
それだけではこの様な事にはならなかったが、運悪く細菌兵器をバラまく結果になった。
人間にしか働かないウイルス。
しかも痛みの無い緩やかな眠りのような死後、肉体はウイルスによって分解され粉になる。
もしかしたら人間が神と崇めている天界人の差し金かもしれない。
悪魔であるカミュやジャギ、此処で今にも生命活動を止めそうなクラウザーは何一つ手を下してはいないし、何よりもこんな穏やかな死など与えるはずがない。
断末魔の悲鳴、怨み、恐怖が無い死など悪魔にとって退屈きまわりないのだから。
天界はもう人間に見切りをつけたのか、生かしておいても悪魔の糧にしかならなかった生物だ。
それとも人間に同化しすぎていたクラウザーただ一人を抹殺するためか。
だが今まさに死にかけているクラウザーは存外落ち着いている。
人間として死んでも生き返る事が出来るという自信からか、別の理由なのかは本人しかわからない機微だ。
緩やかに生命活動を止めようとしているクラウザーに、死神のようにいつ死ぬか見守るカミュは一切の感情を感じさせない。
クラウザーは軽くため息をつきカミュに目線を合わせる。
「カミュ、貴様はこの入れ物が欲しいのか」
尋ねるというよりは独り言に近い囁きは黙殺された。
「このままだと俺の魂も消滅するし入れ物だけあってもそれはもう単なる肉の塊にすぎない」
ひどく楽しそうに言葉を連ねる。
クラウザーとしてはこのままカミュに看取られながら、深い眠りにつくのも構わないと思っている。
どうせこの世に色々関わりを持ちすぎたため何もしなくとも、何百年、何千年の時がたてば嫌でもまた復活する事が可能だろう。
布石ならいくらでも撒いてある。
実際には最後の時にカミュがどんな反応をするか見てみたいがため、クラウザーはまんじりと何も対応策すらせずいる。
本当ならばカミュに借りを作ればこのまま死ぬような事にはならない。
クラウザーに魔力が足りないだけなのだから。
長い関わり合いの中でクラウザーはカミュが自分に対する執着心を何度も垣間見ている。
カミュは否定するかもしれないが人間に感化されたクラウザーにはわかる小さな棘のような引っ掛かりを試してみたくなった。
クラウザーがそう望めば有り得ない悪条件をふっかけて、それでも力は貸してはくれるだろう。
そのために何も言わずクラウザーに付き添っている。
ただカミュからはプライドがじゃまして言い出さないだけだ。
その証拠に微量ながら天界にバレない程度に魔力を放出している。
クラウザーはそんなカミュを可笑しく思いながら目を細めた。
しかし此処で緩やかな時を堪能していると、せっかく追い払ったジャギが様子を伺いに来るかもしれない。
もう潮時か。
クラウザーはカミュの服の裾を引くとにんまりとした。
何事かカミュにだけ伝わるように呟くと手を離す。
カミュはそこで初めて表情を表した。
それはクラウザーを満足させるものであったのか、微笑みを浮かべ目を閉じる。
長い時を生きたクラウザーにすればこんな穏やかな死を迎えるのは初めての経験だが、そう悪くない。
ただ次の復活の時にジャギがうるさそうだが、それに見合うだけの満足感は充分にある。
今のクラウザーはこの記憶だけは何とか保持できないかと言う事だけが気掛かりだ。
ふと場の雰囲気が変わった。
すでに目を開くのが億劫なクラウザーはそれを無視する。
突然クラウザーは唇を塞がれ口内に舌と共に魔力が流れ込んできた。
流石に驚き目を開く。
焦点が合わないほど近くにカミュの顔を確認する。
クラウザーは与えられた魔力が体の隅々に行き渡るのを感じながら、自分からは吸い取る事はせずなすがままにまかせた。
死が遠のくのを思いながらも思考が別の事を考える。
唇が離れても近い位置に顔があり見つめ合う。
何かを語り掛けようとクラウザーが口を開きかけたその瞬間、あまりに覚えのある魔力が近づいて来た。
「何をのんびりしてるんだよ」
ジャギが怒った口調でクラウザーとカミュのすぐそばに降り立った。
「俺1人魔界をまかせて」
すでに離れたカミュを見ること無くクラウザーは面倒くさそうにベッドの上で胡座をつき目線だけで結果を促した。
「ちゃんとやったさ。
クラウザーのおかげだけど」
促しておきながら興味は無かったようで少し不機嫌そうに肩をすくめた。
ジャギとしては不本意なクラウザー様子に落胆を隠せない。
ご褒美をもらい損ねた犬のような面持ちだ。
「カスが」
カミュはそう呟くと、とっととこの場を離れた。
ますます落ち込んだジャギは少し乱暴にクラウザーが使用しているベッドに腰掛けた。
もしジャギが邪魔をしなければクラウザーとカミュの関係が大きく変化していたかもしれない。
相変わらずタイミングが悪い。
それとも狙ってやっているのかと疑いたくなる。
残念だったのか変わらなくて良かったのかしばらく考え込んだクラウザーは、まだこうして此処にいるのだからまた機会はあるだろうと結論付けた。
あのカミュが契約も結ばずに魔力を分け与えるなんて少し前までは考えられない行動だ。
まだこのままでも楽しめそうだとクラウザーは楽しげに口を歪めた。
ジャギは表情が柔らかくなったクラウザーを訝しみながら、なんとなく理由は聞けなかったので当たり障りのない言葉を紡ぐ。
「もう魔界に戻るんだろ」
「ああ、運んでおいてくれ」
ふてぶてしく命令するとクラウザーはそのままベッドに寝そべる。
ジャギはブツブツ文句を言いながら逆らうことなく行動に移した。
おわり
甘い話を書こうとして失敗したようです。
思ったよりも甘く無い。