DRRR

□あなたを、
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△杏里=罪歌と云う事を全員が知っている、という前提でお願いします。


池袋の都市伝説、首なしライダー。
非日常が具現化したといっても過言ではない彼女は、今日も池袋を疾走する。

「黒バイクだ!」

誰かの興奮したような声が響く。
それに反応を示すのは周りに居た数人のみだ。

多くの人々は何事もなかったかのように足を進める。

都市伝説も、池袋にとってはもはや日常。
それに反応を示して声を上げるその様さえも、もはや日常に組み込まれてしまっているのだ。

しかし日常とは、たった一言、ほんの一動で非日常へと転ずるものである。

「後ろに誰か乗ってるぞ。……子供?」

別段、黒バイクの後ろに人が乗っていること自体は珍しくない。
頻繁に、とはいわないが、数度、後ろに人を乗せた黒バイクは目撃されている。

しかし、それが幼い子供であったことは一度もなく、その一言は、数人の日常を非日常へと転ずるには十分な一言であった。

◇ ◆ ◇

話の中心人物たる、黒バイクことセルティ・ストゥルルソンは、己の背中につかまっている存在に向かって声をかける。
(もっとも首のない彼女が向けるのは言葉ではなくPDAに打ち込まれた文字なのだが)

『臨也、もう少ししっかりつかまらないと、落ちる』

控え目に添えられた臨也の手を引きよせて、もっとしっかりつかまれと促すが、臨也は聞く様子を見せない。
相変わらずただ添えているだけではないかと勘違いしそうになるほど遠慮がちにつかまるばかりだ。

『臨也』
「…セルティ、俺は死ぬのが怖いんだ」

再度促すように声をかければ、小さな声が返ってくる。
それは、走るバイクに乗りながら話すには些か不向きな音量だったが、もとよりエンジンなど積んでいないバイクの上では、そんな音量でも十分に拾う事が出来た。

『?…どう云う事だ』

セルティには臨也の言わんとする事が分からない。
死ぬのが怖い。それは以前も聞いた事がある。しかし、なぜ今なのだろうか。
しがみつかなければ落ちて死ぬ可能性だってあると言うのに、今の彼はまるで、しがみ付いたら死んでしまう、とでも言いたそうだ。

「君の恋人は、自分以外の男が君に触れることを赦すほど、心が広くはないってことさ」

ハァ、と短く溜息をついて、臨也はそう返す。
その表情はどこかげんなりとしていて、まさしく【経験者は語る】のそれであった。

『臨也、大丈夫だ。……いや、ごめん、全くないとは言えないが、だが今は大丈夫だ。今回は新羅が自分から私に送るように言ってきたのだから』

だからしっかりつかまれ、と、続けてやれば、臨也は納得したのだろう。
おずおずと手を彼女の腹の前まで回すと、ギュ、としがみついた。

それを確認して、セルティはバイクの速度を一段階早くする。
背中越しに感じる熱に、セルティは穏やかな気持ちになった。

きっと、今彼女の首が手元にあったなら、穏やかに微笑んでいるのだろう。

(可愛いなぁ)

のんびりと穏やかに、セルティがそう感じている事を、臨也は知らない。
恐らく、新羅の心情にも気付いていないだろうとセルティは思う。

子供が臨也だと知った時、新羅が固まったのは驚いたからだけではないのだ。

(戻らなかったら養子縁組組まないかい?とか、言いだしそうだな)

戻らない事を考えたくはないが、それはそれで楽しい未来になりそうだと、相方の考える事を寸分違わず理解しているセルティは心中でこっそりと笑む。

「苦手な人間を、仕事でもないのに後ろに乗せられる君は、何処までお人よしなんだろうね」

小さく呟いた臨也の言葉は、聞こえなかったふりをした。

ここで、『苦手などではない』と、本音を告げても、恐らく臨也は信じない。
信じたふりをして、「へぇ?」と、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるのだろう。
そうして、【本人に直接言うのは憚られるからごまかしている。】と、自分の中で勝手に間違った方向へ解釈してしまうのだ。

だから、本音は口にしない。
本心ではない言葉を口にするつもりもないから、彼女は聞かなかったふりをするのだ。

◇ ◆ ◇

「あ、セルティさん」

信号待ちの為にバイクを止めたセルティに、控え目な声が掛る。
視線をそちらへと移せば、声をかけてきた杏里をはじめとする、何時もの三人がそこにいた。

『杏里ちゃん。今帰り?』
「はい」
『そう。気をつけてね』

歩行者信号が点滅を始める。
そろそろ信号も変わるだろうと、セルティはヒラリと手を振って、視線を前へと戻した。

「あ、あの!」
『?』

今度は帝人から声が掛る。
どうやらこのまま走り去るわけにはいかなさそうだと、セルティはバイクを路肩へ寄せた。

『どうした?帝人君』
「あの、その後ろに乗せてる子どもって…もしかして臨也さん、ですか?」
「『!!』」

セルティにしがみ付いていた臨也の肩がビクリと跳ねる。
ギュゥ、としがみつく力が強くなった。

そんな臨也の頭に手を伸ばしながら、セルティは片手で器用にPDAを打ち込んでゆく。

『驚いた』
『一目で臨也と、良く分かったな』

「え、本当に臨也さんなんですか?!何か雰囲気が似てるなぁ、と思ったんですけど…」

セルティの言葉に、帝人は驚いたように目を見開いた。
その視線は、セルティにしがみ付いている臨也にくぎ付けになっている。

「…あんた、一体どうしてそんな事になってるんすか」

驚いた様な、呆れたような、複雑な心境がまぜこぜになったような声を掛けるのは正臣だ。
その言葉に、臨也はゆるゆるとセルティに押しつけていた顔を上げて、不貞腐れた様な音で、答えを紡ぐ。

「俺だって聞きたいよ…どうやら波江に一服盛られたらしいってことしか今の所分かってないんだから」
「油断しすぎなんじゃないっすか」
「…紀田君は意地悪だ」

機嫌を損ねた様な声に釣られるように、臨也の紅い眼に薄く、水の膜が張って行く。

『「「「?!!」」」』

『臨也、どうしたんだ?何処かいたいのか?』
「紀田君の言い方が悪かったんじゃないの?!」
「え、お、俺ぇ?!」

「大丈夫ですか?臨也さん」

オロオロと慌てだした面々に、臨也は本格的に涙をこぼしながらフルフルと首を振る。

「何ともない…けど、何これ。涙腺まで子供になってるの?止まらないんだけど…」

声に震えは見られない。
ただポロポロと涙を流す臨也を見て、杏里は体の中から何かが込みあがってくるのを確かに感じていた。
宥めるように、落ち着かせるように、ただただ優しく髪を梳きながら、杏里はこの湧き上がってくる【声】を、抑えることに必死になる。

駄目だ。
今は駄目。

制止する杏里の意思とは関係なしに、【声】は同じ言葉を繰り返す。
彼女の中の罪歌は、何度も、何度も愛をうたった。

愛らしい。愛せる。愛してあげる。愛してるわ。その涙がもっと見たいの。愛し合いましょう。愛する。愛してる。ほんの切っ先が触れるだけで良いの。それだけで愛せるのよ。愛し合うって素敵でしょう。あなたは誰からも愛されてないと思っているのでしょう。だったら私が愛してあげる。愛せるわ。だって私は人間が好きなんだもの。好きよ。愛してる。その眼が好き。その瞳から零れる涙が好き。あなたを形作る全ての細胞からさえ愛してあげるわ。もっと、もっともっともっと愛してあげるから。ねぇ。愛しい。愛してるわ。愛愛愛愛あなたも私を愛して頂戴。あぁ、別に言葉にしなくてもかまわないのよ。ほら、一筋。一滴の血が零れるだけの小さな傷で良いの。私が。ほら。あなたに傷をつける。愛してるの。愛してるから切るのよ。もっと泣いて。鳴いて。啼いて。愛してる。今の貴方なら。愛せるわ。愛する。愛愛愛愛……

「臨也さん、すみませんした」
「…なんで紀田君があやまるんだい?別に、君の口が悪いのなんて今に始まった事じゃ、ない、し。気にしてなんか、、、」

ついに言葉に嗚咽が混じり始めてしまった臨也を、杏里は衝動的に抱きしめる。

「『杏里(ちゃん)?!』」 
「園原さん?!」

思わず驚いた様な声を上げる三人は、次の瞬間、全力で彼女を止めに入るだろう。

「臨也さん、あの、凄く可愛いです。私…」


方を、(斬って傷つけて抱きしめたいです!)


End.


(あぁ、可愛い!臨也さんの泣き顔すごく…可愛いです!)
(杏里、それは幾らなんでもヤバいって!)
(お、落ち着いて、園原さんっ)
(それは杏里ちゃんの意思なの?まさか罪歌が杏里ちゃんの意識を…?!)






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