DRRR

□闇纏ノ天空。
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「天使?」

私の言葉に、訝しげに眉をひそめたのは、その場にいたほとんどの人間だった。

本当なのになぁ、もう。

「天使って言うか堕天使っぽい感じ!寝巻着てたから患者さんかな?」

「何処で見たんだ?」

おぉ、ドタチンが食いついてきた!なんだ、興味あるんじゃない。
聞いてきてくれた事が嬉しくて、私は興奮気味に口を開く。

「屋上だよぉ。フェンスの上に腰掛けててね、危ないなぁ、って思ったんだけど、楽しそうだったから何も言えなかったんだよねぇ」
「どんな奴だ?」

珍しく真剣な声で先を促された。
一目見ただけの彼の人を思い返しながら、一つづつ特徴をあげて行く。

「髪は、黒くて、男の人にしては少し長め」

そう、切る事が出来ずに放置されてるかのように、彼の人の髪は中途半端に長かった。

「顔立ちは、整っていて」

ハッとする位に。眉目秀麗って、こういう人の事を差すんだろうな、って思う。

「瞳が、そう、綺麗な赤色」

それから…と、考えていると、ドタチンが小さく怒りをかみ殺しきれない様子で呟いた。

「っの、馬鹿が!」

そうして、ドタチンは早足で屋上の方へと向かってゆく。
その様子を見て、私たちはようやく、彼の人がドタチンの知り合いだと言う事を知ったのだった。

「ゆまっちぃ」
「なんスか?狩沢さん」
「追いかけても良いかな?」

なんかものすごく美味しそうな気配がする!

瞳を輝かせて叫んだ私に、ゆまっちは苦く笑いながら「行ってらっしゃい」と送り出してくれた。
後ろのベッドで、渡草さんが「お前ら…俺の見舞いに来たんじゃなかったのかよ」と嘆いていたのは気にしない。
ごめんね、渡草さん。ま、ちゃぁんと戻ってくるからさ!

「じゃ、いってくるねー♪」

軽く手をあげて病室を出る。
屋上へ向かう足取りは自分でも驚くくらいに軽やかだ。

あの天使がドタチンの知り合いなら、お近づきになるチャンスだよね!

◇ ◆ ◇


狩沢の『フェンスに腰掛けて』と言う単語を聞いた途端、俺の中に一人の人物像が浮かび上がる。

まさか、とは思った。
それでも、もしかしたら、とも思ったのだ。

アイツはヤケに高い所が好きで、ふらふらと屋上の淵を歩いたりする事が、多い奴だったから。

そして、聞き進めて行く内に疑心は確信に変わった。
狩沢の告げた容姿、その全てが、俺の思う人物と酷似している。

早足で病室を出て、屋上へと向かう。
少々乱暴にドアを開け放てば、矢張り、と言うべきか。

思い描いた通りの人間が、そこには居た。

「あ、ドタチン。来てたんだ?」
「臨也、お前何やってるんだ?」

「質問に質問で返すのは良くないなぁ」と笑いながら、臨也はフェンスの上で立ち上がる。
むしろそこまでどうやって上ったのか、そちらの方が気になりさえもするが、そこが安全とはとてもじゃないが言えない場所であるのは確かで。

「っおい!」

慌てたような声をあげた俺に、臨也は相変わらず楽しそうに笑う。

「ドタチンくらいだよ、俺の事、心配してくれる人なんてね」

そう言って、臨也は躊躇いも見せずにフェンスを蹴った。
ふわり、男にしては華奢なその体が、宙を舞う。

羽織っていた上着が風で膨らんだその様は、なるほど。

てんs「あ、天使ハッケーン☆」

俺の思考に割って入って、不意に聞き覚えのある声が飛び込んできた。
何の危なげもなく綺麗に着地をして見せた臨也が、目を丸くする。

「狩沢…」

俺は額に手を当てながら、盛大に溜息をついた。

◇ ◆ ◇


「え、なに。ドタチン天使って呼ばれてるの?」

そう言って目を丸くした天使が小首をかしげている。
あー、でもやっぱり堕天使の方がイメージ合うかなぁ、服黒いし、何て言うか、その甘いマスクで人を巧みに操って堕落させちゃう感じ?でもそれじゃぁ悪魔か…悪魔……

「ハッ!小悪魔系?!」
「いきなり何の話だ」

ドタチンが呆れたような目で見ている。
まぁ、仕方ないかもね。突然叫び出したのはこっちだし。

「いやぁ、目の前の天使さんはやっぱり堕天使の方が似合うかなぁとか考えてたら、いっそ小悪魔系で良いんじゃないかと唐突に閃いてね!」
「訳が分からん」
「……え、もしかして天使って俺の事?」

コテ、と、不思議そうに首をかしげる天使さん。うん、凄く可愛いと思うよ。もうあれだね、理想の受け?

「そうだよぉ。さっきフェンスの上に座ってるの見た時に天使っぽいって思ったから天使さん(仮名)。あ、私は狩沢絵理華っていうの。よろしくね〜」
「(仮名)って。ドタチンの知り合いは面白い人が多いね。俺は折原臨也。よろしく」

クツクツと笑いを噛み殺しながら天使…もとい臨也さん…なんか呼びにくいな…イザっち…イザイザ…良し、イザイザで行こう。イザイザは軽く手を差し伸べてきた。
その手をしっかと掴みながら、私は勢い良く告げる。

「所でイザイザとドタチンってどんな関係?!」

その言葉に、一瞬「は?」って顔をしたイザイザは、呆れたような顔になると口を開いた。

「…狩沢、君あれでしょ、腐女子」
「あ、良く分かったね。もしやお仲間?」

「いや…前にも同じ様な事聞かれた事があるんだよね…もっとも、その時の相手はシズちゃんだったけど…」

何処か遠い目をしているイザイザに、「あぁ…あのときはひどかったな…」と、ドタチンまでげっそりとした様子で同意している。
さすがにそんな二人を見て、「え、シズちゃんって誰?同じ様な事聞かれたとか、そこのとこkwsk!」とは言えなかった。凄く気になったけど。

ピュゥ、と、一陣の風が吹き抜けた。
春先とはいえ、まだまだ風は冷たい。

フルリと震えて羽織っている上着の襟を寄せたイザイザの肩に、ドタチンがそっと手を乗せる。

「ホラ、そろそろ病室に戻れ」
「うー、仕方ないか。検温さぼれないかなと思ったんだけどね」

「?イザイザ検温嫌なの?看護師さんにお世話されるとか羨ましいじゃない」

私の言葉に、イザイザがげんなりとした顔をする。
そして小さく、「検診するのがナースなら良いんだけどね」と呟いた。

「俺の検温担当さぁ…このあいだ変わったんだよね。おっさんに」

「「は?」」

私とドタチンは同時に間抜けな音を吐きだす。いや、あのさ、これは偏見で、間違い過ぎた知識なのかもしれないけど、検温って看護婦さんがやるんじゃないの?女の人の担当じゃないの?
若い研修医ならまだしも…おっさん?

私たちの混乱に気付いているのかいないのか、イザイザはさらに言葉を続ける。

「検温の時やたらベタベタ触ってくるからいい加減気持ち悪いんだよね」

え、医師×患者の王道フラグktkr?!強姦ルートですね、分かります。
イザイザ、詳しく。その医者の容姿とかどこをどうやってベタベタ触られるとか詳しく!!

「臨也、どこのどいつだ?」

ドタチンがすごい顔してる。ドタイザ?ドタイザなの?

「え…あぁ、ドタチンも見た事あるだろ?渡貫だよ」
「あの好色爺さんか…臨也(俺の娘)に手を出しやがって…許せん」

……なんだ、親子かぁ。
まぁ、ドタチンは皆のお母さんだもんね、仕方ないよね。
うん、別に×じゃなくたって萌えるけどね!

「イザイザ、検温って人がいたら駄目なんだっけ?」
「ん?いや、そんな事はないけど…」
「じゃぁ、取敢えず次の検温は一緒にいてあげるよー。ね?ドタチン!」
「もちろんだ。…俺の前で臨也に手ぇだしたら…」

ブツブツひとり言の世界に入ったドタチンは、正直ちょっと怖い。まぁ、気持ちは分からないでもないんだけどねー
取敢えず、その渡貫って言うおっさんがイザイザに手を出したら、潰すの手伝ってあげるからね、ドタチン。バンバン言ってね!拷問用のラノベいっぱい買ってこないとねー☆

「…本当に、一緒にいてくれるのかい?」

隣にいたドタチンの服の裾を無意識なのかギュっと掴みながら、おずおずと尋ねてくるイザイザはもう本当に可愛かった。
鼻血もんだよ、そりゃぁこんな患者がすぐそばにいるのに手を出さないなんて難しいよね。
据え膳食わぬはなんとやら、だよね!
でも、妄想と現実はきちんと区別付けてくれないと。

「…くしゅんっ」
「臨也、戻るぞ」

イザイザが小さくクシャミをしたのを見て、ドタチンがその肩を軽く押す。
それに促されるように、イザイザは足を進めた。

◇ ◆ ◇


病室に戻ると、看護婦さんが呆れた様な顔で立っていた。

「折原さん、また屋上ですか?」

まだ風は冷たいんですから、出来るだけ厚着してくださいよ。

そう告げる看護婦さんに「はい、すみません」と笑うイザイザの笑顔は何処となく嘘っぽい。
さっきまでドタチンに見せてた笑顔の方が、ずっと自然の様な気がする。

「そろそろ先生が検温に来ますから、おとなしく病室にいてくださいね」

そう告げて、看護婦さんは病室を出て行った。
それから数分もしないうちに、病室には如何にも好色爺といった様子のおっさんが入ってくる。

「はい、折原君、検温の時間ですよぉ」

ニタニタと嫌な笑みを浮かべたそのおっさんは、医者にはとても不向きなくらい、生理的に嫌悪感を抱くおっさんだった。

「パジャマの前、寛げてくださいね。…あぁ、3つ以上ボタン開けてくださいよぉ?」

その声色に、鳥肌が立つ。どうやらそれはドタチンも一緒だったみたいで、凄い勢いでおっさんを睨みつけている。
渋々、と云った様にイザイザはパジャマの前を寛げて行く。

うっわー、肌白ーい…って違う違う!検温って自分で測るんじゃなかったっけ?
渡貫とか言うおっさん…もうおっさんで良いよね。先生と呼ぶ価値すらないよ。とにかく、そのおっさんがイザイザの懐に後ろから手を突っ込んでいる。

「…ッ」

イザイザが小さく息をつめた。うん、可愛い。…じゃなくて、人が見てるって言うのに堂々とセクハラ?サイテーだね。
…いや、違うか。このおっさん、明らかに私たちの事見えてないよね。

「……おい」

あ、ドタチンが切れた。


―――その後の事は語るに忍びないから割愛するね。
誰が可哀想ってそりゃぁ、イザイザだよ。おっさんがどうなったかなんて幾らでも教えてあげるけど、それを語るとイザイザにとって嫌な事まで話さないといけなくなっちゃうからね。

取敢えず、私たちはそれからほぼ毎日イザイザの病室に顔を出すようになったって事だけは、追記しておこうかなぁ。

纏ノ天
ヤミマトイのアリア


「やっほーイザイザァ♪」
「狩沢…君、仕事とかないのかい?」
「んー、イザイザと会うためなら仕事くらい、ねぇ?」
「いや、ねぇ、じゃないから。きちんと仕事行ってきなよ」
「アハハ、面会時間終わったらねー」
(…最近狩沢が入り浸っているせいで臨也とまともに話が出来ん…!)


End.
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