逆門4

□熱い頬は誰のせい?
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「なに…やってんだ?」

朝、事務所に来たら、想い人がソファーに押し倒されてました。

「あ、おはよー不壊」

や、そんな普段通り挨拶されても…反応に困るぜ、兄ちゃん。



熱い頬はのせい?



ドアを開けた状態のまま固まっている不壊に声をかけたのは、不壊の上司でこの事務所の持ち主たる三志郎…の、上に跨っている亜紀だった。

「ちょっと、何時までドア開けっ放しにしてるのよ」

さっさと閉めて頂戴。と、未だに三志郎の上に跨ったまま不壊を促す。
その言葉に従うように、不壊は茫然とした調子のまま、扉を閉めた。

広い部屋に、静かな扉の閉まる音が響く。
その音は、不壊に我を取り戻させたらしい、ハッとしたように意識をこちらに向けなおして、叫んだ。

「ってめ、亜紀!兄ちゃんの上で何やってんだ?!」
「何って、見て分かんないの?」

服、脱がせてるのよ。

当然至極、それが当り前だとでも言うかのように、さらりと返された言葉に、不壊は「そうじゃねぇ!」と、さらに声を荒げている。

「俺が聞きたいのは、なんでお前が兄ちゃんの服を脱がしにかかってるのかって事だ!」
「そんなの…私が三志郎のこ、恋人だからに決まってるでしょ!」

『恋人』と云う単語が照れくさいのか、やや頬を染めてどもりながら答えた亜紀にまたもや「そうじゃねぇ!」と、不壊は叫んだ。
……今度は、心中のみで。

なぜ、彼が心中でとどめたのか、それは。

「亜紀…『恋人』って言う度にどもるなよ……可愛いけどさ」
「///」

にこりと、今にも服を剥ぎ取らんとされているにもかかわらず穏やかな笑みを浮かべて告げる三志郎の存在が原因だ。
腕を伸ばして、亜紀の頭をなでる三志郎と、それを受ける亜紀は、二人の世界を醸し出しているが、別に不壊はそれに当てられたわけではない。(それにはもう慣れた。いちいち気にしていては三志郎を想う事などやってられない)

不壊が言葉を止めた(とどめた)のは、三志郎の笑顔に、違和感を覚えたからだ。

三志郎はよく笑う。
その種類も様々で、今見せたように穏やかに笑う事だって、確かにあるのだが。

(何か…力無いような…?)

そう、覇気がないのだ。

「兄ちゃん…体調でも悪いのかい?」
「今更気付いたの?」

不壊が問えば、呆れたように亜紀が返してくる。
「お前に聞いてねぇ」と反論しかけたが、文句をすべて言い切る前に、不壊の言葉は三志郎の台詞に呑み込まれた。

「あぁ、大したことねぇんだけどな?風邪ひいちまって…ゴホッ」
「汗かいたみたいだから着替えさせようかと思ったらあんたが来たのよ」

軽くせき込んだ三志郎に亜紀は手早く脱がせかけていた服を正すと体から降りて毛布を被せる。
その様子を見ながら、不壊は首をかしげた

「着替えさせるんじゃなかったのか?」
「あんたの前で着替えさせたら何に使われるか分かったもんじゃないもの」
「なっ…!」

冷やかな目線を送られて、「何に使うっていうんだ!変な想像するんじゃねぇ!」と、言えれば良かったのだろう。
しかし、不壊にはそれを言う事は出来なかった。

何故って、その理由は…図星だからに他ならない。

(兄ちゃんの着替え!!!服の下の肌とか白いんだろうな…ちょっと汗ばんだ肌…か…(ゴクリ)熱も出てるみてぇだし…ほんのり染まった頬とか、気だるげな瞳とかたまんねぇよな…上半身裸で熱い息を吐く兄ちゃん…これだけで一日三回使ったとしても一月分のおかずになるぜ!)

なんて、考えていたからには、弁解のしようなど欠片もありはしなかった。

「使うって…何…に?」

小首をかしげている三志郎に、亜紀は笑顔で「気にしなくて良いのよ」と告げながら、汗で張り付いた前髪を払ってやる。
先程よりも荒い息を耳で拾いながら、亜紀は思案した。

(熱が上がってきたみたいね…冷却シート貼ったほうがいいかしら…?それよりも自室に戻した方がいいわよねぇ…?)

部屋に戻して、しっかりと寝かせた方が、回復は早いだろう。
そうと決めれば、と、亜紀は携帯を開いた。

素早くメール画面を起動させ、履歴から一人の名前を見つけると、返信ボタンを押してメールを作成し始める。
一分もしないうちに送信ボタンを押せば、すぐにでも返信が返ってきた。

画面には、短く一言。

【任せろ】

その返信に満足そうに笑んで、亜紀は再び三志郎の方へと視線を移す。

「ねぇ、三志郎?やっぱりゆっくり眠ったほうがいいわ」
「でも…ゴホッ…ふえ…ゴホゴホッ」

この数分のうちに、随分と熱が上がってしまったらしい。
咳込む頻度も増え、解っている単語すら漢字に変換出来ていないような音で話す三志郎に僅かに眉を寄せながら、亜紀は待つ。
メールを送った相手が、この部屋へ続くドアを開くのを。

「だれか…きた」
「三志郎?」

ドアの外から、幽かに響いてくる音を拾ったらしい三志郎が、体を起こす。
それを止めながら、亜紀は心中で小さく笑った。

(やっと来たのね)


「よぉ、三志郎!」
「ろんどん…か、ゴホッ…おはよ」

軽く手をあげながら入って来たロンドンは、三志郎の様子を見て眉をひそめる。

「相当酷そうだな…」

僕がドアを開けるまで僕だって気付かなかったなんて、と、呟きながら歩み寄ったのは不壊の傍。

「三志郎、不壊を借りてくぞ。ちょっと調べたい事があるんだ」
「ふえ…を?ゴホッわかった…」

コクリと頷いたのを確認して、ロンドンは部屋を出て行った。
先程亜紀に図星を突かれた為か、未だに固まっていた不壊を引きずりながら。


パタン、と閉じたドアを見ながら、亜紀が笑う。

「さ、部屋に戻りましょう?三志郎」
「ん…ごめんな、あき…ゴホッ」
「病人がそんなこと気にするんじゃないわよ」

ふらふらとソファーから降りようとする三志郎に、亜紀は一声かけるとその体を抱き上げる。

突然の浮遊感に驚いた様な声をあげた三志郎を、笑いかける事で宥めて、亜紀は奥にある三志郎の自室へと足を進めた。

(取敢えず、部屋に付いたら冷却シート貼って、着替えさせて…あ、薬飲ませないといけないから何か作らなきゃ)





その頃。

「おい…ロンドン、これは何の嫌がらせだ?」
「ん?あぁ、この中から指輪を探し出さない限り帰さないからな?」

不壊は文句を言いながら目の前の砂へと手を伸ばす。
彼の前には砂、砂、砂。
見渡す限り一面の、砂。

人工ビーチの砂浜、そこに彼は来ていた。
その中に落とされた小さな指輪を探し出すために。

「んなことやってられっか!金属探知機でも何でも使えば良いだろ?!」
「最初に言っただろう?象牙でできた指輪が探知機に引っかかると思うか?」

そう言いつつ、ロンドンも目の前の砂を掻きわけて指輪を探すようなしぐさをしてみせる。

実際は、指輪はとっくの昔、それこそロンドンが不壊を回収に来るより前に見つかっているのだが、それを不壊に教える気はない。
取敢えず、一度事務所に戻ろうと言う気が起きもしないほど、不壊を疲れさせるまでは。

荒い息、赤い頬、うるんだ瞳、舌足らずに呼ばれる名前。

ほんの数秒見ただけの三志郎の顔を思い出しながら、ロンドンは思う。


(あんな状態の三志郎の傍に不壊を置いておけるわけないだろう?)


 熱い頬はのせい!
(熱い頬はのせい!)

End.


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