逆門3

□49.唇
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言葉は、力。
思いを込めれば、それはとても強い力を持つ。


唇にコトダマ。


「…不壊」
「あぁ、分かってる…無理はすんなよ?兄ちゃん」

黒服に身を包んだ長身の男が、腕を上げた。
そして、その腕を振り下ろしながら、短く告げた。

「行け、三志郎」

男の後ろに控えていた小柄な少年が、その言葉を待っていたかと言うように飛び出す。
少年の手には、数本のナイフ。
素早く構えて、目の前の敵に投げつけた。

空を切って相手へ突き進むナイフ。
相手はそれを払おうとする仕草さえ見せずに、その身に受けた。

何か仕掛けがしてあったのだろう。
相手の身に触れた途端、ナイフは激しい音を立てて爆発する。

煙が辺りを包む。

煙が、揺れた。

何か来ると意識するより先に、掛かる声。

「加護」

キィン…と、金属が弾かれたような、高く澄んだ音が響いた。
その音に驚いて、少年は煙の薄れてきた視界に目を凝らす。

見れば、鋭く光る鋼の体が、そこにはあった。

「気をつけろって言っただろう?」
「わりぃ…ありがと」

周りに張られた結界を解きながら、少年は男に短く礼を言う。
そして、もう一度ナイフを構えて相手を見据えた。

「ガゥルルルルルル」

低くうなり声を上げる相手に向かって、再びナイフを投げつける。
しかし相手は鋼の身体。
たかがナイフ一本で勝てるようには、とても見えないのだが。

「硬化、熱化(ねっか)」

少年が短く言葉を紡ぐ。
スルリと伸ばした指先で、ナイフを操るように動かしてゆく。

真っ赤な灼熱色に染まったナイフが相手へ向かう。
相手の体へと触れるまで、数メートル。

「加速」

再び少年が呟いた。
その言葉に従うように、ナイフが加速する。

相手の体に触れた。
しかし、相手の体は鋼で出来ているだけあって、中々その体に刺さる事はない。
ナイフの熱は相手の体へと吸収されてゆく。

相手の体が、加熱されて緋色に染まる。

少年が再びナイフを構えた。

「硬化、氷化(ひょうか)」

短く呟けば、透き通った色のナイフが相手へ向かう。

「加速」

それは、先のナイフが地へ落ちた直後、全く同じ所にぶつかった。

しかしナイフは氷のナイフ。
いくら硬いとはいえ、先のナイフの熱で溶けてしまう。
緋色に染まった相手の体が元の色へと戻ってゆく。

意味の無い攻撃。

見るものにはそう映っただろう。
おそらくは、相手すら。

しかし、少年はこの瞬間を待っていたのだ。
一体なんなのかと、相手が気を抜く瞬間。
そして、氷が溶けきってしまう瞬間。

「加速!」

少年は勢い良くナイフを投げつける。

それは先の二種と全く同じ箇所に当たり、そして…

「グァァァァァァアアア!」

相手の鋼の身体を打ち壊し、その中身へと突き刺さった。

刺さってしまえば後はなんということもない。
そのナイフは、少年の思うままに動くのだから。

「雷(らい)」

声が、響いた。
ナイフに向かって雲ひとつない空から雷が落ちる。

「グギィェェェェェェェエエエ!」

断末魔の叫びを上げて、相手は倒れ、吹く風に浚われ、消えてゆく。

それを見届けて、男が声を上げる。

「ご苦労だったな…兄ちゃん」
「おう!」

『兄ちゃん』その言葉で子どもの表情が緩む。
愛称で呼ぶのは、主従の関係が、仲間に切り替わった事を示すもの。
だから子どもは笑顔で答える。

そして、じゃれ付くように男に飛びついて告げるのだ。

「なぁなぁ!オレ今回頑張っただろ?」

求めているのは大きな手のひらと誉め言葉。
しかし男は全てを与えない。

「あぁ、もうちっと注意力がついたら完璧だな」
「ちぇー…」

ポンポンと頭を撫でる手を受けながら、子どもは小さくむくれて見せた。

「じゃぁオレ、次はもっと頑張るからな!」
「あぁ」

頑張れ、と男が返す。
その言葉が嬉しかったのだろう。少年は満面の笑みを浮かべて…消えた。
後に残るのは一枚の紙。

少年は、人ではなかった。
男の持つ式。それが少年の正体。

元々言葉に力が宿る言霊の力を持っていた少年は、男に危ない所を助けられてから、彼の式になることを決めた。
男がそれを拒む事はなく。
それから二人は共に旅をしている。

男は一つの使命を受けていた。

それは、突然凶暴化してしまった妖を浄化し、その原因を探る事。
その為には男一人では幾分か心許なかった。

一応は、男も少年と同じ、言葉を操る力を持っていたのだが、それは少年ほどではない。
少年は少年で、力はあるのだが注意力散漫、上手く力を使いこなせずにいた。
その点では、男は物事を冷静に観察する事に長けている。

互いが互いの欠点を補い合う形となり、二人は抜群のコンビネーションを発揮した。
二人はこれからも旅を続けるのだろう。

妖の凶暴化の原因が突き止め終えて、平和が戻ったとしても。
おそらく二人は一緒に歩んでゆくのだ。

最早二人は最高のコンビなのだから。

End.

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