逆門3
□20.今
1ページ/2ページ
最初にこの家系とであったのは、一体いつだったか。
俺は影に住まう魔物。
本来ならば人と関わるような事はしないのだが、ちょっとした手違いで代々この家系を護るようにと、契約を交わした。
時には戦場でその身を護り、相手を切り裂き。
時には頼まれるままに子どもをあやし、雨が降れば洗濯を取り込むのを手伝ったりもした。
尤も、俺が王以外の奴に姿を現すことはごく稀で、他の奴等、時には護るべき王ですら、俺に脅え、姿を見せるなと叫んだことさえある。
そうは言われた所で、古から結ばれた契約は、魔物である自分にとっては絶対であり、背く事があれば己の身が焼け滅びてしまうので、その命に是と言うことはできないのだが。
契約を交わした日を、思い出すのも面倒なほど、月日がたち。
俺は相変わらず、この家系を護っている。
未だに王家は続き、そして、この家系のものは、少し変わっていた。
誰もが俺を、恐れることをしなかった。
それは、向日葵の咲く、暑い季節の、噺。
今は昔の物語。
「不壊、ちょっと来て頂戴、不壊」
「なんだい?」
はしゃいだような声で俺を呼んだ王妃の声に、ゆったりと俺は姿を表す。
【呼ばれれば顔を出す。】
それは今までと変わらないが、こんなにはしゃいだ声で呼ばれるようになったのは、この王妃の代になってからだ。
「早く、こちらにいらっしゃい」
「ハイハイ…赤子?」
見て、と、体をずらして指を指していたのは、スヨスヨと大人しく眠っている小さな赤子。
…前々から変わった王妃だとは思っていたが、まさか此処までだったとは。
せっかく眠っている赤子が、俺の気配に脅えて泣き出してしまったらどうするのだ。
只でさえ子どもはそう云う者の気配に敏感だというのに。
「そうよ、不壊。三志郎って言うのよ」
そういって穏やかに微笑む王妃に、そういえばつい最近まで王妃は妊婦だったな、と、どうでも良い感想を持つ。
普通なら不浄のものが近付くべきではないようなその時期に、何かと王妃は俺を呼んでアレをしろコレをしろと言ってきたのを思い出す。
終いには「お腹の子に何かお話をしてあげて」とさえ言い出す始末だ。
この王妃は他の魔物でも同じ様な反応をするのかねぇ…危ないことで。
「この赤子が…時期当主かい?」
「えぇ、きっとこの子は素晴しい当主になるわ」
フフッと、笑みをこぼした王妃の気配に気付いたのか、赤子がゆっくりとその目を開いた。
その瞳は、外に咲き誇る向日葵のような、明るい色をしていて。
そして、自惚れかも知れないが、俺は確かに、そう感じた。
その赤子は、俺を見て、笑ったのだ。
本当に、嬉しそうに。
声を上げて。
その瞬間、俺の中を何かが駆け抜けた。
護りたいと思う気持ちよりも強い、何かが。
「不壊、この子を、私たちのように護ってくれるかしら?」
王妃の言葉に頷きながら、この気持ちはなんだろうかと考えて、思いつくよりも先に口から言葉が滑り落ちていた。
「あぁ、任しときな。それはもとより俺の使命だ…それより、この赤子…食べてもいいか?」
護るといった端から食べてもいいかと訪ねてしまった。
しかしこの赤子に湧いたのは食欲ではない。
許しが出たところで頭からバリボリと食べてしまう様な、そんな気持ちはまったく湧かなかった。
何故そんな言葉が口から飛び出たのだろうかと考えていると、王妃はニコニコと微笑みながら俺に向かってこう言い放つ。
「ふふ…良い訳ないでしょう?不壊。そんなに死に急ぎたいのかしら」
「いや、今のは食べたいと思っていたわけではなく…」
「問答無用です。もう、冗談でもそういうことは言わないように!ね?」
魔物である見にとって人で言う所の『死』は無い。
あるのは消滅のみ。
もしも王妃の『死』が、消滅を指しているのなら、と考える。
ありえないことではない。
おっとりしているように見えて行動的な王妃は、やると言ったことはやってのけてしまうだけの力がある。
俺は大人しく頷いておくことにした。
時はさらに流れて行く。
「不壊」
そうやってはしゃいだように俺の名を呼ぶ声は二つになった。
「不壊、遊んで!」
「オイオイ兄ちゃん…勉強は終わったのかい?」
「おう!だから遊んで!」
ニコーっと笑う顔を見ていると、王妃の息子だと、変な納得をしてしまう。
俺に構って、笑いかけて。
それが嬉しいとさえ思ってしまうから、邪険にも出来ずに俺は小さく溜め息を付く。
「一体何をして遊ぼうって言うんだい?」
その言葉に、途端に明るくなる表情。
「じゃぁ、町の探検に行こうぜ!」
「それは無理だ」
「えーーー」
明るかった表情は一瞬で萎れて、今度は頬を膨らませてむくれて見せた。
コロコロと変わる表情が面白い。
「兄ちゃん、忘れたのかい?俺は魔物なんだぜ?町なんかに行ったら気味悪がられるだけだぜ?」
「むーーー」
「それに、王様と一緒じゃねぇと俺は城の敷地外に出られねぇしな」
「え?そうなのか?」
キョトン、とした目を向ける子どもに、あぁ、と、俺は小さな嘘をつく。
子どもを外に出さない為に。
外に出て、俺と一緒にいることで、町の人間に迫害などされてしまわないように。
「それなら仕方ねぇか…じゃぁ、森に散歩に行こうぜ。あそこなら良いだろ?」
「あぁ、森なら良いぜ」
じゃぁ決まり!と、子どもは元気良く走り出す。
その後ろ姿を目で追いかけながら、俺はのんびりと後ろを付いて行く。
この先、子どもの成長が楽しみだ、と小さく呟きながら。
世界は、俺が契約を交わした頃よりも、随分平和になっていた。
End.
後書へ
戻る
+