DRRR

□これより、
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警告、警告。
数時間前の俺に警告。
面白半分に新羅の提案になんて乗る物じゃない。

もしも時間を巻き戻せるなら、やり直せるなら、数時間前のあの時に戻りたい。

「それじゃぁ、次は俺か…」

ドタチンの声を聞きながら、俺は切実にそう思った。

◆ ◇ ◆


9月某日。

暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言ったもので、もう9月も中頃だと言うのに、まるで真夏のような猛暑が続いている。
この日も例に漏れず暑い日で、場所によっては最高気温が30度を超えると言う真夏日だった。

そんな中だ。珍しく新羅からメールが来たのは。

『From:岸谷 新羅
Sub:無題
_ _ _ _ _ _ 

やぁ、臨也。今日も暑いねぇ。
それでと云っては何なんだけど、セルティが百物語に興味を持ってね。良かったら私の家で遅めの冷涼大会とでも行かないかい?
一応、声をかけたのは京平と静雄、それからセルティの希望で園原杏里ちゃん。京平が何時も一緒にいるメンバーを誘えばもう少し大人数になるだろうけど…大体これくらいかな。
時間は夕食の後…大体8時9時辺りから始めようと思ってるよ。
都合がついたらぜひ参加して欲しい。良ければ夕食も用意するからね。勿論僕がつくった奴だよ、セルティの愛の手料理は僕だけのものさ!

それにしても、セルティってば可愛いよね、怖がりなのに百物語がしたいとか、もうこれは恐怖で震えるセルティを俺が優しく抱き寄せて一晩中愛を語…………』

本文が惚気に変わった瞬間、俺は迷わずメールを閉じた。
一万字の文字制限ギリギリまで打ち込まれた本文の三分の二以上が惚気なのだ、一々読んでいては時間がもったいない。
と云うか俺は人の惚気を真面目に最後まで懇切丁寧に読んで返事を返してやるほどお人よしではない。むしろ逆だ。
…所で新羅はこのメールをドタチンやシズちゃんにも送ったのだろうか…?ドタチンはともかく、シズちゃん辺りは携帯壊して新羅も壊しに行きそうだけど。

「それにしても…百物語かぁ……」

楽しそうかも。なんて、この時思ったのが、大間違いだったんだ。

返信画面を開く俺に警告。【YES】と返してはいけない。

なんて、思い返した所で現実に時間が巻戻るわけではないのだけど。
結局、その後の俺がどうしたかと云うと、答えは簡単明瞭だ。

立ち上げた返信画面に、打ち込んだのは、

『To:岸谷 新羅
Sub:RE:
_ _ _ _ _ _ 

Text:
やぁ、新羅。君が自分の家に俺を呼ぶなんて珍しいじゃないか。
百物語…ね、良いよ、参加しよう。
ただ、シズちゃんが俺を見て暴れても俺は責任を取らないからそのつもりで。
あと、一回のメールの中で一人称をころころ変えるな、読み難い。ってか新羅、君、会話だけじゃなくてメールでも一人称変わるんだね、どうでもいい情報をありがとう。

それじゃぁ、夕飯もご相伴に与ろうと思うけど、何時頃行けばいいかな』

何処からどう見ても【YES】としか取れない文章だ。
その後、新羅から持ち物と集合時間を記したメールが届き、俺は今、新羅の家で百物語の真っ最中、と云うわけだ。

新羅の家のリビングで、集まったメンバーが円を組み、その中心には蝋燭が三本灯っている。
さすがに六人で百物語はきついので、一人二話から三話づつ話して終了、一周したら蝋燭を一本消す、と云うわけ。

話す順番はくじ引きで、園原杏里→セルティ→俺→シズちゃん→ドタチン→新羅と決まった。
新羅は「セルティの隣が良かった…!」とか騒いでいたけど、珍しくシズちゃんは俺の隣でも文句も言わずに大人しく座っている。


初めの内は良かった。

「えっと…私、あまりこう云う経験がなくて…」

と、おずおずと口を開いた杏里ちゃんが話したのは、かなり有名な部類に入る都市伝説。
ピアスをあけた女の子が、耳から出た白い糸を引いた瞬間視力を失う、と云うあれだ。
落ちが分かりきっていたのと、あまり抑揚もなく淡々と語る杏里ちゃんの語り方もあって、怖くもなんともなかった。

隣でシズちゃんが「ピアスって怖いんだな…」と呟いているのには、思わず噴き出しかけたけど。

でも、新羅がそんな雰囲気をぶち壊すかのように「まぁ、耳には視神経なんて通ってないんだけどね」と笑顔で言ったのはさすがに引いた。空気読めよ。俺だってそれくらい知ってるけど、こう云うのは雰囲気ってのがあるだろ?

『次は私だな』

とPDAに打ち込むセルティの話も、これまた有名な都市伝説だ。
友達に急かされるままに家を出た家主が理由を問うと、ベッドの下に見知らぬ男がナイフをもって潜りこんでいた、と云うもの。ドタチンが「ストーカーみたいだな」と、ポツリと呟いたのには、俺も同感だったりする。
ナイフ持ってるってことは殺すつもりがあるんだろうけど、それにしてもベッドの下ってどうなのさ。

「ストーカーと言えばさ、」

と、俺は話を切り出した。
自分で話す怪談話ほど、怖くない物はないよね。ちなみに俺が話したのも都市伝説の類だ。
ストーカーの正体が自分の家の椅子だったって言う。…あれって結局椅子の中に人が入ってたのか、椅子が意思をもったのか判断が難しいんだけどね。椅子が意思をもったって言うならそれはそれで面白い話だし、椅子の中に人が入っていたならそれはもうただのストーカーだ。まぁ、セルティは『何だそれ気味が悪い!』と騒いでいるし、シズちゃんも何か嫌そうな顔をしてるから、話し手としては満足だけど。

そう、ここまでは良かったんだ。
次にシズちゃんが【おまえだ】って云う典型的怪談を話すまでは。

典型的すぎるのと、口下手なシズちゃんの話し方で、話自体は、大して怖いものじゃなかったんだ。
だけど、分かっていても、突然大声をあげられたら誰だってビクつくと思う。
断じて、俺がビビリとか、そう云う事じゃない。人間の反射だ。
悪いのは脊髄なんだよ。

だけど、一度心臓が妙な拍動を始めてしまったら、もうそこから先はなし崩しにその拍動を加速させるしか、俺にはできなかった。

◆ ◇ ◆


おや、と、僕が感じたのは、静雄の話が終わってからだ。
ちょうど僕の正面に座っている臨也の顔色が、目に見えて悪い。

それまでは、それなりに楽しそうにしていた臨也が、静雄が話の落ちに盛大に「お前だ!」と声を張り上げた辺りから、様子がおかしいのだ。

話し手は京平に代わっている。
京平が話しているのは、今までの都市伝説系から離れた、本当の心霊体験らしい。作り話か体験談かは置いておくにしても、京平の話し方は、とても上手い。
もともと、京平は話し上手で、聞く側がついつい聞き入ってしまう事が多い。もっとも、普段は聞き手にまわっているからあまり目立たないんだけどね。

そんな京平が、聴かせる為に話すのだから、思わずぞっとしてしまっても、仕方がないと、僕は思う。
思うん、だけどね。

「ひっ!」
『臨也…?』

驚いた拍子にセルティの服の裾を掴むなんて…!!!
あぁ羨ましいなぁ!僕がやったら問答無用で引き剥がされるだろうに、臨也なら許すのかい?セルティ!
でも、臨也に若干怯えた様な揺れた瞳で、縋る様に服の裾を掴まれているセルティも羨ましいなぁ!
あぁ、俺は何処に嫉妬してどっちと変わってもらえば良いんだい?!

まぁ、普段なら臨也がセルティに縋る、何て事無いんだろうけど、今回は席順が悪かったよね。
静雄的には臨也の隣になれて万々歳かもしれないけど、臨也は静雄が自分の事を恋愛的どころか友情的にも好きだなんて微塵も思ってないから、多分「シズちゃんにしがみ付きでもしたら俺終了のお知らせだよ!」とか思ってそうだなぁ…。
セルティなら、万が一僕が暴走してもある程度はセルティが押さえるだろうから、静雄に殺されるよりはましだと思ったんだろう。

隣にいたのが京平だったら間違いなく京平に飛びつくね、臨也は。

そんな事をうだうだ考えていたら、どうやら僕の番になったらしい。

さて、それじゃぁ…僕のとっておき、実際に有った話にちょっっっと脚色したオリジナルホラーを、聞いてもらおうかな。
ふふ、臨也、どんな反応するかなぁ。

◆ ◇ ◆


「これは、僕の知り合いの研究所で、実際にあった話だよ」

そう、前置きをして、新羅は口を開く。
薄暗い部屋、仄かな蝋燭の明かりに照らされた新羅の表情は、何処か不気味さを帯びていた。

知らず、誰もが息をのむ。

そうして、新羅の話は始まった。



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