DRRR

□行動理由 −中−
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高く澄んだ青空。
そよぐ風は、柔らかく頬を撫でて行く。

「いーい天気だよねぇ、ゆまっちぃ」
「そうっすねぇー、狩沢さん」

境内の掃除をしていた二人は、ほうきに凭れかかる様にして空を仰いだ。
白くて、やわらかそうな雲が二人の頭上を穏やかに流れて行く。

「あ、あの雲美味しそう」
「おぉ、肉まんみたいっすねぇ」
「ねー」

のんびりと会話を交わす二人の手は、完全に止まってしまっている。
そんな二人に、声が掛った。

「おい、狩沢、遊馬崎」

「「渡草さん!」」

声に振り向けば、そこにいたのはこの神社の主たる神で、渡草と呼ばれたその神は、呆れた様な顔で二人を見ている。

「お前ら、まともに仕事をしろよな、まだあちこちに落ち葉が残ってるぞ」
「掃いても掃いても風にまかれて散らばっちゃうんだよぅ」
「そうっすよ、大体屋外の掃除なんて風にいっつも邪魔されるんすから、いっそ燃やしたら早いんじゃないっすかね?」
「おぉ!ゆまっちナイス!良い考えだよそれ!」

ブーブーと文句を言っていた二人だったが、彼の台詞に彼女はパチンと指を鳴らした。
「それじゃぁ早速…」と、何やら構え出した二人に、渡草は慌てて止めに入る。

「お前ら何するつもりだ?!境内に火を持ちこむな!」
「えー、でもでも、渡草っちぃ、左義長とか、火祭りとか、結構火を使う行事ってあるよね?」

「それとこれとは別だ!」と声をあげながら、渡草は、数時間前に使いを頼んだ門田が早く戻って来ないものかと溜息をついた。

◇ ◆ ◇

(お。)

渡草は呆れたように二人を見つめていた視線を、鳥居の方角へと向ける。
この社の主たる彼には、誰かが鳥居を潜った気配を感じ取ることなど、容易いことだ。

(門田さんの他に…誰か居る?)

自分の眷族の気配と共に入って来た別の気配に、渡草は首をかしげる。
自分の知るものだろうか、と、その気配を深く探ろうとするよりも先に、風が、吹き抜けた。

渡草の横をすり抜けて行った一陣の風、その、正体は。

「イザイザがキターーーーーーッッッvv」

至極嬉しそうに口元を緩ませた、狩沢で。
先程まで彼女と話していた遊馬崎はと言えば、「仕方ないっすねぇ」と、苦く笑いを浮かべるばかり。

「うわ、狩沢?!ちょ、あ、危な……っっ!!?」

門田と話しながら石段を上っていた臨也は、突然飛びついて来た狩沢に驚きを隠すことなく声をあげる。
そして、予想もしていなかったその衝撃にバランスを崩し、石段から足を滑らせた。

「っ臨也!」

とっさに門田が腕を伸ばす。
のばされたその手は、しかし、臨也の指先を掠めて届かない。

「――っ!」




―――辺りに、黒い羽根が舞い散った。


◇ ◆ ◇


「…平気か?臨也」
「ど…たちん、」

一向に訪れる気配のない痛みに、恐る恐る目を開けた臨也の視界に飛び込んできたのは、ホッとしたような門田の顔だった。

「めっずらしードタチンが羽出してる!レアだよレア!!」

キャッキャと、はしゃいだような声をあげるのは、臨也に抱き止められている狩沢で。
そんな狩沢に、門田は小さく溜息を吐きだした。

「お前が、臨也にあんな不安定な所で飛びつかなかったら、出す必要もなかったんだがな」
「アハハ、ごめんごめん。イザイザが来たと思ったら、つい、ね」

「相変わらず狩沢は変わってるよね」と呟きながら、臨也はそう言えば、と再度口を開いた。

「ドタチンって天狗だっけ」
「ま、一応な。純血じゃねぇから、天狗に限りなく近い存在ってのが正しいが…」

とっさに広げた黒い羽をしまいながら門田は答える。
純血の純粋な天狗であったなら、恐らく彼は彼で神として崇められる存在にあったのだろうなとぼんやり考えながら、臨也はそう言えば、と、門田に向かって笑顔を向けた。そう言えば、まだお礼を言っていない。

「ありがとうドタチン。助かったよ」
「いや、怪我がないなら良かった。狩沢には後で俺からきつく言っておく」
「別に気にしてないよ、ああして、素直に好意的な行為をしてくれるのは…嬉しい、からね」

チラリと、興奮した様子で遊馬崎の方へと駆けて行った狩沢を見やりながら、臨也は頬を綻ばせる。
ゆるりと、柔らかに形作られた笑みは、心からの物だ。
その笑みに、門田もつられた様に表情を緩ませた。

【ねーねーゆまっち見た?!今ドタチンが羽出したんだけど!】
【もちろん見たっす!レアっすよねレア!さすが臨也さんって感じっす!】
【だよねー、私たちだったら絶対羽出してまで受け止めてくれないよぉ?】
【受け止めると言えば狩沢さん、ずるいっすよ!臨也さんに抱き止めて貰うなんて!】
【むふー、役得役得ぅ♪】

幽かに聞こえてくる二人の会話を聞きながら楽しそうな表情を浮かべる臨也に、いつの間にか傍に来ていた渡草が声を掛ける。

「あー、お前も色々忙しいだろうが…出来ればちょくちょく遊びに来てやってくれないか?」
「渡草さん…でも、俺なんかが来て良いのかい?俺は別の神社の眷族だし、迷惑だろう?」
「いや…むしろお前が来ない方が迷惑なんだ」

何処か遠い目をして告げる渡草に、臨也は首をかしげる。来なくて迷惑とは、どう云う意味なのだろうか、と。
隣では門田が「確かにな」と、納得したように苦く笑っている。
説明を求める様な瞳を向けられて、渡草が口を開いた。

「お前が来ないとな、狩沢と遊馬崎が五月蠅いんだよ。逆にお前が来た日から3日くらいは大人しく仕事をこなしてくれるんだが」
「…3日……」

呟いた臨也の言葉を拾う様に、今度は門田が口を開く。

「あぁ…3日くらいは臨也と何を話したとか、臨也に何をしてもらったとかで二人で楽しげに話しながらきちんと仕事をこなしているんだが…4日目辺りから今度はいつ来るのかと云う話題が上り始めて、一週間もすると完全に臨也に会いたいと言い出して、仕事も大分さぼりがちになるんだ」

ハァ、と、短く息を吐いた門田に、臨也は苦く笑うことしかできない。まさか、自分がそんな存在になっているとは思っても見なかったのだ。

「と、いうわけで、だ」

渡草が小気味よい音を立てて手を合わせる。
その気迫に押されつつ臨也は言葉を促す。

「な、何?」
「頼む、週に一度、いや、一月に一度でも構わないから、家に来てくれないか?」

神様に拝まれる俺って何?

思わず臨也が心中でそう呟いた事など、目の前の渡草には分かるまい。
いくら神とは言え、【強い願い】を伴っていなければ心の中を読むことなどできないのだから。

「頭をあげてよ、渡草さん、分かったから」

困ったように笑う臨也に、渡草は分かりやすく表情を綻ばせた。


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